針先
あおい満月

私は部屋の隅にあった、
鍵穴のような小さな穴を覗く。
ぐりぐりぐりぐり、
視線の針先が穴をまさぐる。
私はその触覚が擦れあう音のような、
快感に歓喜する。
ぐりぐりぐりぐり、
歓喜と狂喜が交互に手を取り合い、
笑いたくもない私の唇を三日月に
なぞる。

手を伸ばした闇のなかで
もうひとつの手にでくわした。
手は叫んでいる。
(もう少しだ、がんばれ、
この手を離すなよ!)
私はどうやら、
小さな子どもになって、
この鍵穴のような空間に
閉じ込められてしまったらしい。

誰かの呼び声が、
私の肩を光りさす方へと導く。
(私は助かるのだろうか)
壁に擦れて、
血と埃にまみれた、
赤黒い腕を見つめる。

引き込まれる力に流されて、
私の身体は外へ出ていく。
私はしばらく、
呼吸を忘れた。
鼓動だけが、
川をのぼる鮭の群の息づかいのように、
飛沫をあげていた。

あれから、
私は未だに、
小さな穴が怖い。
穴に好奇を持ちすぎて怖い。
今でも家のドアの鍵穴を
覗き込んでしまう。
その向こうには、
きっと光りさす闇があるのか。
闇のさす光があるのか。
鏡のような世界が、
ひらひらと雪になって、
小指を差し出してくる。



自由詩 針先 Copyright あおい満月 2016-01-21 22:58:45
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