Miz 13
深水遊脚

「自尊心よりも、自分が期待されている役割を読み取り、それに近付くために努力を惜しんでいないということか。」
「そう。志はとても高いわ。私のみてきた数多の訓練生と比べれば一目瞭然。あなたも感じているんじゃないの。」
「それは感じる。しかし志は高くても須田はつい十日前までは一般人だった。それまでの日常と訓練が始まってからを比べれば適応できなくて然るべきだ。かといって訓練方法を改めては、ことは計画通りには進まない。」
「その通り。修正すべきは、訓練方法ではない。日々の過ごし方でもトレーニングルームでの行動でもない。もちろん表面上の問題はそこにある。でもそれらを導き出している、目標設定が根本的に間違っている。私はそう見ているわ。」
「目標設定?」
「たった一言。うまく踊らなくていい、そう伝えればいいわ。人にみせるダンスと、トレーニングの手段としてのダンスは根本的に目的が違う。あの子達も何度も説明していると思う。でも体で納得するのは時間がかかる。真水さんは無意識のうちに青山くんと橋本さんに見せるために踊っているし、見せるために足りない部分を自主トレで補って無理をしているの。こんな無駄なことはない。」
「青山や橋本はどう対応しているのか、細かいことまでは把握していないが、橋本が十分説明した、でも苦手な動きばかりだからこうなるのは仕方ない、というようなことを言っていた。」
「やっぱりね。ダンスだけやっていればいい一般会員に対するものと同じ指導をやっていてどうするの、と思うわ。あの子達はあんたに送らせたデータを手にしていて、何も活用できていないのよ。そこから得られる情報からのフィードバックが「疲れていて大変だね、でも頑張って!」という情緒的な声かけでは駄目でしょ、普通は。計算された負荷より大きな負担をかけられた筋肉がどうなるか、睡眠不足のときの体液から免疫力の低下を読み取っているか、それでどんな行動をとっているかわかりそうなもの。その行動を何とか修正させるようにもって行かないと駄目よ。そこまでしてトレーナーの仕事よ。特殊能力を引き出す過程の訓練が、根性と気合いでついて来れるものだけついて来い、とやっているだけなのがよくわかるわ。幸政、あんたも含めてよ。」

勝ち誇ったような顔を春江はどうにか隠していたが、見慣れた口元がみえた。実際、痛いところを突かれたと思う。身体の訓練を重視する俺の考え方は精神論に結び付きやすい。精神論は個人差を無視して、思考力を奪う。俺が避けなければならないと考える、封じる力を発動する装置になってしまう。上を甘やかし、下を腐らせる、誰の得にもならない暴力装置に。春江が俺を動かしてしたかったことは、そんな暴力装置になりつつある訓練の現場の軌道修正だった。これまでの慣習からの変革を俺の求心力に影響させることなく実現することだった。 いまある設備で可能なはずの訓練生の状態の把握とそのためのサンプル取得を実施するように促し、科学的な心身の状態の把握をまずはトップの俺にさせる。今回の須田のケースで、然も俺が思い付いて報告書のデータから須田の無理を読み取ったように見せかける。そして須田には目標を明確化して意味のないトレーニングを慎み、必要な休養をとることを促す。トレーナーの青山と橋本にはデータを取得して纏めるだけでなく、それを通して須田の状態を把握して具体的に訓練に活かすことを促す。そのようにしてチームに必要なメッセージを伝達し、より確実に須田を戦士へと成長させ、なおかつここに留めることが狙いなのだろう。春江の思い通りになるのは癪だが、ここまで合理的なものを意地で拒むのは愚かだ。データを手にしながら須田の状態や心理に思いが至らなかった点は認めざるを得ない。そこを省みなければ訓練生や戦士との信頼関係はできないだろう。真実は俺が所有しているわけではなく、築き上げて行こうとする関係のなかにあるのだ。

 訓練を統括する亀山広夏を無視するわけにはいかない。須田、青山、橋本に伝えなければならないことを念頭において広夏と話し合いの場を設けた。広夏も春江と同じように、須田の無理に気づいていた。漠然とではあるが自主トレ疲れという理由も察していた。ただ把握した状態について、春江ほどには確信はなく、どのように伝えるかについても、うまい方法が思い付いていない様子だった。春江は俺からのトップダウンを想定しているようだが、このチームであれば、須田に対する温かな眼差しをそのまま活かしたほうがよい。木目細かく具体的に心身の状態を把握し、それに基づいた訓練を実施するように動機付けるほうが良いだろう。まず広夏に、須田の無理と、目標設定の曖昧さの弊害をデータと関連付けて説明した。そしてその問題をチームで共有するべく、青山と橋本を召集した。データである程度推定できるとはいえ、本当の須田の心身の状態は彼女自身にしかわからない。無理をしないで必要な休息をとることを促すという課題についてはある程度須田の自己管理に任せて、こちらは目標の定義を明確化して彼女に示す。意味のないトレーニングをしないこと、この場でうまく踊ろうとしないことを彼女に促す。動作を間違う場合もやり直しはさせない。踊るのはこの場のみ。生真面目な須田に自主トレを禁止するのは無理だから、ストレッチやヨガなどを取り入れた推奨自主トレメニューを呈示する。採り入れるのは彼女次第だから効果は当てにしないが、必要なのはそういうことなのだというメッセージを伝える。正味の睡眠時間だけではなくその前と、目覚めてからについても意識して管理する必要性を合わせて説明すれば、推奨メニューの合理性も伝わるだろう。そうした様々なアイデアが飛び交い、それなりに有意義な話し合いができた。

 話し合いの成果は須田の急成長となって現れた。初めての模擬戦で青山と、見かけ上はほぼ互角に戦ったらしい。格闘の動きをダンスに採り入れていた為、スムーズに戦闘の動作を再現できたことも大きいが、1回目で迷いなく戦う度胸も大したものだ。話し合いの日以来、何度かデータによる把握もしているが、心身ともに健康そのものだ。模擬戦のあとの様子と、トレーニングの様子をみかけたが、青山、橋本ともうちとけていた。いい信頼関係ができているとみえる。いつのまに隣にいた春江が話しかけてきた。

「広夏さんに伝えたのは余計だったけれど、うまく行ったようね。」
「あんたこそ一言余計だ。亀山との確執は俺らの世代に関係ないだろ。広夏は大事なチームの一員だ。」
「まあいいわ。真水さんがどんどん強くなりそうで楽しみだわ。ところで、身体能力向上の担当は青山くんで適任だけれど、特殊能力向上の担当は柏木くんでいいの?」
「ああ。他にいないだろ。能力を削られる覚悟で育成のために対戦することを厭わない、十分に力のある能力者は。」
「その条件だけなら、他にいると思うわ。少なくとも3人は。まあ私も柏木くんが一番適任だと思うけれど。もしあんたが私と同じ理由でそう思っているなら、あんたも相当底意地悪いなあと思っただけ。」
「何だその勿体ぶった言い方。ちゃんと理由をいえ。」
「お断りするわ。馬鹿正直に話せば、どうせろくなこと言われはしない。私がどう思っていようと、あんたはあんたなりの理由で柏木くんを選んだんだからそれでいいの。無理に私のこと探らなくても。このての話で私と対等な口きこうなんて、十年早いわ。」


散文(批評随筆小説等) Miz 13 Copyright 深水遊脚 2016-01-21 13:02:20
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