夜をぶっとばせ
ホロウ・シカエルボク




ときに、視界からはぐれてしまう魂は、だけど
気がつくといつも「そこに来たばかり」といった調子で息を弾ませている
消化試合のようなくだらない時間のあと、身体を、身体を休めて
ウィリアム・サローヤンの古い小説を読んでる
音楽の聴き方にとくべつ定められたものはないけれど、やはり忘れてはいけないことがあるように
どんな小説の中にも必ずそれはあって
「それはこういうことだよ」と語りかけてくるとき、ほかのなにかに気をとられていたりしたら
そこに書かれているもののことにはもうぜったいに気付けない


街角はひどい時雨に濡れている、ときおり家を揺るがすほどの強い風が吹いて
われわれはまずありえない崩壊のことを思い胸をときめかせる
大好きな俳優に道端でばったり出会うことを思うように
これまで手にしたもの、これから手にするもの、憧れてきたもの、大切に育ててきたもの、そんなものたちが全部
瓦礫の中で死体になったら、ねえ、おまえ
こんなに痛快なことはないだろうぜ
あったらいいのにとどこかでずっと思っていたゲームのリセットボタンみたいなやつが
自分である理由みたいなものをすべて葬ってくれたら、そんなことを考えているうちに
風は呆れたようにどこかへ吹き去ってしまった


パンクスの映画とロックンロールのライブ、今年最初の買物だった
ふたつとももう観てしまって誰かを待っているみたいに壁にもたれている
どちらも、そう、申し分ない代物だった、意外な未来と、過去でしかない時間がどちらにも在った
ギターが激しく泣いている間に、今日生まれるべきものがきちんと生まれてきたらこんなにいいことはないね
いろいろな世界をきちんと見ようとしているやつらは
得てしてグルーブを基準にあらゆるものに接するのさ
とくべつ興味のないふりをして、貪欲に探っているものさ


リモコンで消したテレビの画面にはなにが映っている?それはこの世でいちばんつまらない出し物だ
コンポの電源を落したときに耳の中に飛び込んでくるものは不規則な呼吸音かどこかから迷い込んだ羽虫ぐらいのものだろう
盲目的な日常と静寂のなかでやたらとうすぐらい色味の夢を二時間ばかり見るともう世界は日付を変えている
昨日なんてなにも終わってはいないのにも関わらずだ
馬鹿みたいに早く家を出て十字路に佇んでいると
もうブルースにはなにも歌うことがないことが判る
あらゆる道の始まりには神経症的に行先を示す標識がぶら下っているからだ


朝に抜け出した寝床の形状が、どうしようもない人生のかなしみを語るとき
ラジオはかならず大昔の音楽を流している
いちばん沢山のものを語ることが出来るのはすでに起こったことだから
喋りまくることでなんとか出来ないかと試みているように思える
ひと休みしてつま先に目をやると、靴がどうしようもなく汚れていることが判る、だけど
靴を洗いたいと思うような時間なんてないんだ
どこかの隙になにかを書いておきたいと考えているような人生には
そうしたことをきちんとこなして
そこらに居る十把一絡げの馬鹿みたいに自慢気な顔をすることも出来るけど
それでなにかゴキゲンなことがあるわけじゃないからね
世のなかにゃつきあえることとつきあえないことがある
立派な大人ごっこなんて馬鹿の最たるものなのさ


見てくれを綺麗に整えることなんか誰にだって出来る
ごく世間的に恥しくない生き方をすることも
つまらないことに一生懸命になることだって
でもそれはだれをどんなところにも連れて行くことはしない
おなじところでおなじことをただただ続けるだけだ
意味のないことは出来るだけ列のうしろへ下げるべきなのさ
みんなに出来ることはみんなに任せておけばいい
五十年代の小説と七十年代のムーブメント、ごくごく最近のロックンロール、そんなものに囲まれて暮らしてる
明日は一昨日までとおなじくらい寒い日になるらしい
身体を丸めて適当に消化したら、自分の中にどれだけ言葉が溜まったのか確かめよう
シャドウ・ボクシングのように文節を繰り出すんだ
開始のゴングも終了のゴングも自分で鳴らすんだぜ
たったひとりの戦いを続けるために
もういちどフレーズを繰り返すのさ





自由詩 夜をぶっとばせ Copyright ホロウ・シカエルボク 2016-01-18 23:58:19
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