キラキラ
やまうちあつし

ある人が森の傍らに住んでいた
森は言葉を持っていなくて
淀んで鬱蒼としていた
ある日、森から
はじき出されたものがある
小さくてやわらかく
まだ何とも呼ばれていないものだった
その人は思案した
これをなんと呼ぼう
幸か不幸かその人の小屋には
言葉を記した書物などなかったので
あちらこちらを歩きまわって
そこらにあふれる音の中から
みつくろうしか術がなかった
そしてそれ以上
よい方法はこの世になかった
川のせせらぎや
風の鳴る音や
落ち葉を踏む音や
氷の軋る音から
文字や言葉を摘み取ってきた
そしてその日がやって来た
森の入り口で蹲る小さなものに
その人は呼びかけたのだ
これまでどこにも
なかった呼び名で
(おいで、キラキラ)
呼びかけられたものの内側で
光が一瞬、小さく弾ける
そしてゆっくり
その人の腕の中へ
抱き上げられた肩越しに森を眺めて
耳の長い生き物に変わった
辺りは薄暗闇に包まれて
空では星が瞬きを始めていた
森は静かに深く
巣立って行った子どもらの
行く末を見守っていた
こうして名前のあるものと
ないものは分けられる
誰の体にも
このような話は宿っているが
多くの人はうっかり忘れている


自由詩 キラキラ Copyright やまうちあつし 2016-01-16 11:53:27
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