ブロイラー
ただのみきや

きょうは鶏祭りだ
去年の祭りからずっと 待ちに待って
ぼくらが普段口にできるのは
食用苔と粘菌くらい
今夜だけは腹いっぱい肉を食べれるから
大人も子供も
みんな嬉しくて嬉しくて


大人の男たちは神の山へ登る
聖なる場所で放し飼いにされている鶏を捕らえるために
かつて神が天から贈って下さった鶏の子孫
人間ほどもある大きな白い鶏だ
捕らえられた鶏は 掟通り
聖なる山で首を落とされ運ばれる


夕方 夫人たちが天幕の中で鶏を料理する
村人はちょうど五十人
年々数が減っていく
おばあちゃんが生きていた頃
鶏を二羽屠ったらしい
今は一羽だけだ


すっかり太陽が隠れ
蒼黒い闇が辺りを覆う頃
聖なる祭りの宴は始まる
肉は小さく切って串に刺し焼き鳥に
鳥ガラと鳥モツは鍋で煮込んでスープに
しばらくはみんなただ夢中
食器と 肉を食む 
音だけが 蠢いている


ぼくのスープのお椀に鶏の目が入っていた
「運がいい」周りの大人たちが言ってくれた
母さんも「目がよくなるのよ」
目玉の中には白く固い小さなボールがあった
その周りをツルリと啜る
柔らかくてとても美味しい


みなのお腹がひと段落すると
くじ引きが始まる
それはとても大切なくじ引きで
五十歳以上の大人たちが
人数分並んだ蓋をした椀の前に
それぞれ座る
椀の一つには鶏の嘴が入っていて
その前に座った者が当たりだ


くじに当たった者は
「選ばれし鶏の御子」と呼ばれ
特別な祝福を受ける その人は
鶏の心臓の血の滴るステーキを食べる権利が与えられる
そして鶏の羽根を象った上着を与えられ
鶏の爪を模したサンダルを履くことが許され
頭には鶏のとさかを表した王冠を被るのだ
彼はこれからの一年
村のあらゆる労働から解放される
聖なる山で気ままに暮らすことになる


選ばれたのは身体の大きな男の人だった
鶏の羽根の上着を着てとさかの冠をつけると
なんという迫力だろう
みなは歓声を上げ拍手を送った
やがて長老が進み出ると
毎年恒例の祝詞が唱えらえる


  
その昔人間は毎日肉を好きなだけ貪った
やがて大きな戦が起こり
世界中の土が水が空が汚れ切った
肉ある生き物はすべて滅び去った
深い穴に隠れ生き残った人間は
肉の味が恋しくてたまらず
互いを捕らえては共食いを始めた

この惨状を見かねた神は
天から一羽の大きな鶏を地上へ贈られた
神は言われた
「この聖なる白い鶏を
年に一度の祭りの日に 
みなで屠って食べなさい
地上の人間が最後の一人になるまで
この祭りを続けるなら
聖なる鶏は尽きることがないだろう」



「選ばれし鶏の御子」が声を張り上げる

 《骨鶏食刑告kokkeikukkeikou! 》

村人みなが応じる

 《苦刑告kukkeikou! 》


女たちが鶏の骨で作った拍子木を打ち鳴らす
踊りが始まった
長老たちは引き上げていく
祭りは明け方まで続くのだ
男と女が乱れもつれあちこちで横になっている
ぼくは十二年前の祭りの日にお母さんのお腹に宿った
肉鍋が空になるまで子供たちは食べ続ける
闇を炎がちりちり焦がしている 
火の粉が椀に降り注いで
《――硬っ 》 鶏の歯が入っていた


祭りの翌日
午前中は外へ出てはいけない決まりになっている
四十九人の村人たちは昼過ぎに起きて来て
いつも通り
苔や粘菌を探しに出かけていく


ぼくは昨日の肉の味を思い出していた
あっ まだ奥歯に挟まって――



    
「この聖なる白い鶏を
年に一度の祭りの日に 
みなで屠って食べなさい
地上の人間が最後の一人になるまで
この祭りを続けるなら
聖なる鶏は尽きることがないだろう」




         
               《ブロイラー:2016年1月6日》









自由詩 ブロイラー Copyright ただのみきや 2016-01-06 20:47:11
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