中村くん
たけし

中村くんとは小学二年のクラス替えのときに出会った
中村くんは絵の天才だった
井の頭公園で学年写生大会があった時に描いた彼の孔雀の絵
僕はそれを観せてもらって圧倒された
画用紙から今にも跳び出して来ようとする孔雀の舞い
クレヨンで描かれた一羽の鳥の羽を広げた写生画がどうしてこれだけの迫力を持って迫って来るのか
僕には理解できなかった

中村くんはクラスの問題児だった
時々授業中でも分けもなく暴れ出し
物を壊す 人を殴る 叫んで叫んで
そうなると教師も誰も手がつけられない
クラスメートはみんな恐れて普段から彼を避けた
僕も何度か蹴り飛ばされた

けれど何故か僕は中村くんとよく遊んだ
彼の家にも遊びに行った
二人で訳もなくギャアギャア叫んで野原を走り廻り笑い転げた
彼は自分のスケッチブックに僕の顔をでかでかと描き
僕は日記帳に中村くんと遊んだことを書き
お互い見せ合っては「千年(ちとせ)はやっぱ絵の天才だ」「ターシーこそ作文上手いよなあ俺もこれくらい自分の言いたいこと言えたらなあ」と褒め合い破顔しまたギャアギャア

ある日中村くんの家に遊びに行ったら
「ターシーあそこの木に登れよ」と彼は今まで見せたことのないニヤニヤ笑いをして僕にそう言った
僕はその意地の悪い笑いが自分を虐待し始める時の兄の顔そっくりで嫌な予感がしたけれど
二人ではよく登っていた木なので彼の言う通りに従った

二、三メートル程登って木の幹が二股になるところで休んでいると急に小石が飛んで来た
僕はびっくりして下を見た
中村くんが積み上げた大小の小石の山のすぐ脇にうずくまり
僕と視線が合うとヒャハハハハと笑い叫んだ
それからは次から次へと思い切りの投石の嵐
「千年、やめろよ!危ない!」
僕はヒュンヒュン飛んで来る石を避けては何回か足や胸にぶつけられ怖くなり
このままでは殺される!
そう直感して思い切って木から飛び降り一目散で家に帰った
中村くんが暴れ出すと兄とは違ってもう手加減容赦は一切無いのだ

僕はそれから中村くんと絶交した
彼は時々寂しそうな顔をして僕の前に立った
けれど僕には中村くんはもう悪魔にしか見えなかった

二人とも学区が違ったから中学は別々になった
けれども中村くんは最初は度々僕の学校を訪れた
バイクに乗って校庭や渡り廊下を走り周り
僕を見つけると「ターシー!ターシー!」と叫んでは怒鳴るように笑った
陰険で何か性欲剥き出しの下卑た顔を曝して

中村くんは中学二年の夏休み大垂水峠付近の国道でバイクごとぶっ飛んで死んだ
僕は葬式には行かなかった
後から一人だけで仏壇に手を合わせに行き親しかった彼の母親に挨拶した
彫りの深い鼻梁に豊かな髪の毛も眉毛も大きな瞳も黒々としているのに色白の
明らかにアイヌ系の彼女は繰り返し僕に言った
「これでよかったのよ
世間様に散々迷惑をかけたあの子は死んでお詫びするしかなかったの
これでー」
僕は何を言ってんだこのババァ!と思った
千年は絵の天才だったんだ
その才能を見抜いてちゃんと指導できる教師と大人と巡り会えなかっただけなのだ
だから彼は自分でコントロールできないエネルギーを持て余して暴れたんだ不良になったんだ
僕は混沌とした怒りの渦の中でそう思った
中村くんと絶交して以来彼を無視し続けたことを後悔しながら


母親から譲って貰った『孔雀の絵』(学区コンクールで金賞になった)は今でも僕のワンルームマンションの玄関口に飾ってある
不思議なことに今でも小学二年の時に初めて観たその印象に変わりはない

壮麗な青紫と金銀に輝く孔雀が大きく羽を広げ
今にも画面から跳び出して来ようとしている

その印象は変わらないどころか
僕の中でますます強くなる一方だ



自由詩 中村くん Copyright たけし 2015-12-23 14:30:36
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