最後の朝。
梓ゆい

「離してなるものか。」とは言わないで
父の顔に触れている。

「別れ際に泣くのは、銀幕の中だけだ。」と考えた。

これからは
ケーキを切るときも
饅頭を分けるときも
きっちり測らなくても良いのだ。

(大きくなったとりわけ分を食べても、お腹いっぱいにはならない。)

新成人の晴れ着よりも
空を昇り行くこいのぼりの雄姿よりも
父のために作られた波打つ白菊の祭壇が
何よりも美しい。

賑やかに送り出そうと差し出した2万円入りの香典袋
働いて得た現金は
汗よりも塩辛い涙となって足元に落ちた。

(しっかりと形を保つ骨が、所々緑色に染まっている。)

四人で迎えに来たのに
父は「ありがとう。」と返さない。

(ホントウハ、カエシタクテモカエスコトガデキナカッタノカモシレナイ。)
最後に一言
「いってきます。」と言えば良かったのに・・・・。

いなくなる事を受け入れようとしたら
口が自然と別れを述べた。









自由詩 最後の朝。 Copyright 梓ゆい 2015-11-29 00:43:07
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