ガラガラ
あかり


夕方のスーパーマッケットは最悪だ。
あたしは今日も駐車場の空きを探してぐるぐるまわる。
もうすでに家が恋しい。早く帰ってごろごろしたい。
カートにカゴをセッティング。いざ、店内へ。
生温い空気が顔にぶわぁとあたる。もうやだ。さっさと買い物を済ませよう。

店内はサーキット場。
カートをカートのすれ違い、ぶつかり合い、譲り合い。
どこ?3個100円のトマトはどこ?あたしは若さゆえの機敏性をこんなところで発揮し、僅かな隙間を幾度と無くくぐりぬけ、トマトちゃんを探す。
あった!トマトちゃんは大きなダンボールに山盛りにされていた。・・・パックじゃないのか。
前方約1M先。その赤い巨塔の前には、トマトちゃんに手を伸ばしてはひっこめる、眼をギラギラと輝かせたおばさん、いや失敬、ご婦人方の群れ。
第一戦からハード。戦意喪失。再戦希望。あたしはご婦人方の指先で弄ばれては戻されるトマトちゃんたちを横目に次の目的地へと向かう。

味噌。お味噌を買わなくちゃ。あたしは勢いよくカートを押す。醤油、味噌ならびに乾物売り場は比較的空いているのだ。空いている場所でカートを押すのは気持ちいい。時々右足を大きく蹴りあげ、一気にガァーーーと進んでみる。しかしすぐその行為の無意味さとくだらなさに気付き、恥ずかしくなる。保育園の黄色いかばんをぶらさげた女の子と目が合う。へいガール、君はこんな大人になっちゃあいけないよ。そんな意味をこめて薄く微笑んだが、しかとされた。虚しい。決して子供好きではないのだが、無視されるとそれはそれでさびしいものです。でも最近物騒な事件も多いし、それくらいのクールさと大人に対する偏見はもっていたほうがいいのかもしれません。クールガールは母親に連れられ、お菓子売り場へと消えて行った。

さて無事に味噌もゲットし、あたしは未だ混乱の続くサーキット場へと繰り出す。
ご婦人二人がカートを通路のど真ん中にとめたまま「今の風邪はお腹にくるのよねぇ」とお得意の「今の風邪情報」を語り合っている。スーパーにも停車禁止の標示をつけてみてはどうだろうか。
「すみませーん・・・」あたしはできるだけ謙虚に聞こえるように言った。
「あら!ほら○○さん、私達邪魔みたいよ!ごめんなさいねぇ。うふふ」ごめんなさい、と言ったその言葉に全く誠意が感じられなかったのは、あたしの根性が相当悪くなってしまったせいだろうか。あたしは軽く一礼し、ほんの僅かあけられた隙間をカートで突き進む。

豚肉、ウインナー、たまご、サラダ油・・・
カゴにつめられてゆく食品たち。カートは重くなる。ガラガラと鈍くなってゆくカートのタイヤの音。

ガラガラ、ガラガラ。
この音は、なにかが崩れてゆく音なんじゃないだろうか。
ガラガラ、ガラガラ。
女として、結婚する前には確かにあったもの。
ガラガラ、ガラガラ。
それはピンク色で楽しくて、集めても集めてもまだ足りなかったもの。
ガラガラ、ガラガラ。
いつまでもあると信じていたもの。

豆腐売り場まで辿りついたとき、無性に悲しくなった。
1個100円より、2個で100円の豆腐を見つけようとする自分。
半額のシールを貼る店員のタイミングを待っている自分。
視野は広くなった?狭くなった?好きな人と一緒に暮らし、生活を守ること。そんな素敵なことにどうしてあたしは今戸惑っているんだろう。

途方に暮れたまま、あたしはまたトマトちゃん達に会いにいった。
山積みだったそれは既に赤い小塔くらいになっていた。
手を伸ばす。まだ硬めのを2個。今日食べるために熟れたものを1個。
夫が帰ってきたら言おう。
「このトマト、3個で100円だったんだよ。超お買い得でしょ?」
彼はなんていうだろう。褒めてくれるだろうか?褒めてくれたら少しはあたしのガラガラも止まりそうな気がする。

レジで会計を済ませ、重いビニール袋2つをもって駐車場へ出る。出口ではまたご婦人方が「謝恩会でやる出し物」について議論していた。
「すみません、奥さん達は結婚して何かを失ったと感じたことありますか?」
そう聞きたい気持ちを抑え、あたしは自分の車へ向かった。
とにかく帰ろう。早く。煙草が吸いたい。

夕方のスーパーマーケットは最悪だ。


散文(批評随筆小説等) ガラガラ Copyright あかり 2005-02-18 17:39:59
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