残り香
あおい満月

針を指先に刺して、
血の花を咲かせるように、
ことばを呼ぼう。
浮かんでは消えていく気配が、
幻聴によく似た囁きに呼応する。



何かが目の前を横切る。
透明な、
かたちある何かが。
何かには目がある。
何かは私をじっと見つめる。
何かには感情がある。
何かは身震いする。
何かが向かってくる。
何かが私の腕に噛みつく。
傷口だけがひろがっていく。
血が、何かの足元をすり抜けていく。
何かは見えない。

**

残り香だけをのこして
あの人は消えた。
繋がっていたはずの手をほどいたのは私だ。
愛という、
あまい残り香を残して。
今でもあの箱のなかでは、
甘い想い出が、
自己を忘れた犬のように、
くるくると回っているのだろうか。


自由詩 残り香 Copyright あおい満月 2015-11-22 12:03:23
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