憧れの土地
Lucy

憧れの地を目指し
長い旅に出たはずだった
針葉樹林が空を突き刺し
波頭が眠たげにまばたいて

気球に乗った少年が
スローモーションで手を振っていた
漂う筏に寝そべって
分厚い書物を読みふける人も見た

見上げると
成層圏の気流に運ばれ
さく裂した瞬間の完全な球体で
通過する花火
まだ小さかった子どもに
私はそれを見せたかった
しかし声をかけ指さした時には
ちりちりと震える冬の星空だけを残し
とうに視界を去っていた

羊を追う人と出会い
やわらかな酒を酌み交わすことはあっても
胸の奥のコトバはいつでも
結晶する前の食塩水で
どろどろと辛く
発語する前に私は咽てしまった 

休みなく喉が渇くので
羽を畳んで降りたつ孤島は
低い山並み
見覚えのあるくすんだトタン屋根
この島国のこの町の
この家のこのしきたりの上に生まれ落ち
この私の中にずっと居て
一歩も外に出ていない事に気づいた

憧れはことごとく
掌の面で光を亡くし
満ち足りない欠落が
空にぼこぼこと穴をあけていた

憧れを捨て
暫くは
庭先で虫など啄ばんでいたのでしたが
ある日行くあてもなく羽ばたいてみると
翼は力を蓄え
吐く息は言葉となって
空の穴ぼこをひとつづつ塞ぎ
目の前には
見たことのない風景が
私をのせて
どこまでも拡がっていくのだった




自由詩 憧れの土地 Copyright Lucy 2015-11-14 20:32:28
notebook Home 戻る