◎獏の夢
由木名緒美

クリスタルの薄い壁が
行く先を果てしなく延長させる
感情を腹に宿した目のない純白の生き物が
吐息と共にあらゆる喜怒哀楽を吐き出すから
辺りには雪のように言葉が舞い
その中に、かつての恋人に宛てた言葉を耳にした
他者と他者が目視だけで結ばれる時
それを可能にするのは言葉にすることのない秘め事を
互いの視線の中に見出す奇跡の惨事なのかもしれない
その証拠にほら、
いま私は恋患の合言葉を正確に暗誦することが出来る

鈴の鳴るような音で
感情喰いの胃袋が鳴り出したので
私は私の感情で濡れた手を
彼の鼻先に近付けてみる
二、三度匂いを嗅いだ彼は
大口を開けて指先の滴りを吸い込んだ
飛沫が空に飛散する刹那、七十億の虹が淡やかに浮かび上がる

もし世界中の人間の思念を喰い尽くしたなら
お前の純白の肌は壊死してしまわないか
あの海を覆い尽して
むせび泣きと咆哮が渦を巻いているのです
どうして精神は頭蓋骨で匿われているのだろう
無我の鉱脈で私達が捕捉されているのなら
喜びと憎しみを中和して
微笑みを世界中で発光させることが出来るのに

己が善なら右手をくれてやれ
あらゆる異論に顎を傾いで
狂人となって謡っていたい
この地球上に立ち上がる限り
相反する重力は己が作りあげたもの
冤罪に喘ぐ悲観的自己愛からの宣戦布告なのだから





自由詩 ◎獏の夢 Copyright 由木名緒美 2015-11-08 03:10:23
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