僕は階段を置き去りにする
山犬切

一段進むごとに前の段は消え去り見えなくなってしまう階段を
すぐイメージできてしまうのは毎日の生活がまさしくそういうものだからだ
風は吹かず 窓から申し訳程度にさす光は
そこをより巨大に占拠する影の存在をむしろ補強していた
僕は僕の階段に決して人を招かないが
僕の階段には猫が通り過ぎることがある
その猫は決して捕まえることができないとおもう

僕が見た風景 僕が体験したことが
明るかったり暗かったりしたところで
しょせんはこの階段の乾いた冬の空気の圧力にぜんぶ閉じ込められてしまう
ここで僕は僕ということばを使った瞬間から
二人称や三人称とのかかわりを一切拒絶した
ひたすら階段を上ることで名前を失っていくただの僕になる

僕が階段を登り切ると
いや登り切ったと感じられる時が来ると
つねに自分を置き去りにして進行していく世界への等価な復讐として
僕はついにその階段を置き去りにしてしまう


自由詩 僕は階段を置き去りにする Copyright 山犬切 2015-10-25 06:29:05
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