文書
葉leaf




事務所の清潔さは人間の不潔さと均衡を保っている。整えられた書類やパソコンなどからは、人間の奇声が聞こえてきそうだし、事務の秩序だった体系には人間の毒がふんだんに含まれている。私はそんな事務所の中でいくつかの事業を成し遂げるために様々な文書を書く。
文書は宛先の事務所へ届けられ、情報を伝えたり、依頼をしたり、調査をしたり、返事をしたり、様々な機能を持つ。文書はただの文字の連なりでありながら、交易という人間の本能的な欲求を実現するものだ。舟に荷物が積まれるように、紙には文字が刻まれる。
だが、実は私の書くどんな文書にも隠れた宛先が潜んでいたのである。それは一人の囚人であって、社会から隠遁しようとした罪で事務所の地下に拘束されている。囚人に科された刑は、私の書いた文書の文字を残さず呑み込むというものであり、社会の躍動する熱の苦痛にずっと耐え続けさせる刑である。
囚人は盲目になりたかった。ただ美しく組み立てられた夢だけを見ていたかったのである。囚人は孤独になりたかった。ただ立ち入り禁止の部屋の中で黙想していたかったのである。囚人は歳をとることを禁じられた永遠の子どもなのである。
だがある日、囚人は刑期を終えた。囚人はそれまでに呑み込んだ社会の交易の本質をつかみとり、みるみる大人になり、きわめて有能な職員となった。そして、囚人は私の上司となり敏腕を振るった。
事務所は次の囚人を確保し、今度は別の刑を与えようとしている。今度は経験を積み過ぎた職員から社会性を抜き取るための刑だ。私の文書は再び利用され、囚人の中に溜まり過ぎた文字を吸い取る役目を果たすそうだ。囚人はいずれ私の部下になる予定である。文書と刑罰は切り離せない。





自由詩 文書 Copyright 葉leaf 2015-10-17 15:14:33
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