別名
オダカズヒコ

短く鋭い溜息が
ぎゅーっと聞こえてきたよ
まるでドアーの開閉するような
その音は近づいてきたよ

目撃者によると
十秒おきに
ぴぴっと電話に飛びつき
ぼくは救急車を呼んでいたという
裸足の心をかばうものもなく
電話の向こうの誰かに向かって
叫んでいたってよ
歯が痛てぇ
半端なく歯が痛てえと
叫んでいたってよ

救急車はとうとう来てくれなくて
歯痛くらいじゃ国家は動いてくれないって
もっと特別な用事じゃないとね
  
「  」どちらかというと
そいつはヤスリをかけたように痩せっぽちで
よじ切れた小麦の束の様であった
ぎっしりと詰まったカバン

もしや
パリへでも行くんですかい?
用事で
いいえ
少し気分が高ぶったので
旅の準備をしたまでです

そうすると
もっと別の場所
例えばどこへ?
そうね
近所のローソンへ
枯葉色シャツを着て
田んぼの道を10分ばかり抜けた先のconvenience storeへ
チョコレートでも買いに行こうかしらね
ポンタカードにポイントが付くたび
得した気分になって
飛び上がるほど
喜んじゃうね

それからぼくは
トマトジュースも買うだろう
リコピン無しの生活に
今はもう
耐えられなくなってしまったからね

秋が来た
執拗に歓喜するそれは
太陽のようなものだ
ぼくがバルコニーのドアを開けると
空は青く
雲はスカーフのように輝いている
窓から見えるものは
まるで魔法のように品が決まっている
電車は今日も定刻通りさ
計画とは優しさの別名なのだとぼくは思った

なぜなら1月1日には必ず新年がやって来る
ぼくはこの事実を
悪徳であるとは決して考えないのだ
クリスマスには
ぼくの家の暖炉には太ったサンタクロースが決まってやってくる
計画とは優しさの別名なのだ
その事実が少し重たいというならば
愛がかなわぬ絶望から人々を救うように
計画とは空にぶら下がる
避難者たちの
緊急避難はしごの別名なのだと呼ぶことにしよう

その音は
近づいてきたよ
告げるだけの時間は十分にあった
間に合った
その音は
近づいてきたよ

どんなに長い旅にも
終わりはあるってよ




自由詩 別名 Copyright オダカズヒコ 2015-10-13 23:51:24
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