ノウサギとテン
山人

夜、雪が降り止んだ頃、夜行性のノウサギはいっせいに跳ねだす
カンガルーのように飛び跳ねる後ろ足の腿の筋肉は巨大で
前足と後ろ足は途中で交差し、雪原を跳躍する
むき出した前歯をそっと樹皮にあてがい、かりかりとかじる
あちらこちらで、かりかりこりこりと瞼をあけたまま
闇夜に放心したままの眼でかじり続ける
ときおり、レーダーのように耳を立てつつ、方角を変えて音を探索する
いたたまれない抑圧を
太い腿や鋭い前歯に詰め込んで、ノウサギは夜をはねる

やがて、雪面を愛撫するように、足跡を擦り付けてゆく
それは自らの存在を柔らかく消滅させるように、入念に雪面に修辞する
命を守るために、存在を形にするために
足跡を痕跡を、カムフラージュする

朝から猟人は、雪原へと踏み入り、ウサギの足跡を追う
パズルのようにカムフラージュされた痕跡を静かに追い
いくつかの狡猾なトレースを残し、残された隙間へとダッシュする


     *

尾根を登り切ると視界が広がる
無雪期には田であると思われる地形だ
その畦の近くの堆積した雪のひび割れから
黄色いテンが顔を出している

双眼鏡で覗き込むと
テンはこちらに関心があるらしく
じっとこちらを見ている
私が敵なのか獲物なのかを判断しているのだろうか
それとも、ただ無造作に立ち止まっているだけなのかは解らない

一帯の地域を転々と回り
ウサギを捕食しながら生活しているテンは
雪や雨風をしのぐ、田の畦の雪のひび割れの中で生活を営んでいるのだろう

ウサギが獲れない日は、空腹に耐え
土の中のミミズを吸いこみ
胃腑に収め、雪の隙間の苔を舐めているのだろうか
あるいはもう一歩のところでウサギを取り逃がしたとしても
テンは何食わぬ顔で巣穴に戻り、じっとうずくまって
温かい血肉を想像しながら眠りについたのだろう

あるときは大きなウサギを捕らえ
腹をふくらまらせたとしても
稜線に沈みかける夕日に涙することもない

厳しさと激しさと
子への愛だけにすべてを捧げたテン
それは、はかなくも美しい黄色い色合いで
ほどよく白色が顔に混ざり
私をじっとしきりに見
少しだけ小首をかしげていたようだった


自由詩 ノウサギとテン Copyright 山人 2015-10-02 06:18:10
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