『秋の夜長』
hahen

煙草を吸っていると、指先が行方不明になる。あんまりにもやさしい夜だから、ぼくたちはこぞって死のうとする。その先はもっとやさしいよ――冷たい石の壁に腹ばいになって、頭と地面とがふれあうそのときを、微かでも見逃すことのないようじっと凍りついて目を光らせているこどもたち。彼らに悪しき影響を与えないように、さあ、与えないようにして、真っ直ぐにできるだけ速く燃え尽きていかなければならない。この夜に暑くて寝苦しいなどということがないように。なにかに行く手を遮られてぶつかったみたいに、空に流れ星が静止した。降り注ごうとして、この夜は天高く上がっていく。

連綿と続いている、地平ではないどこかが地平となる場所、そしてそれをさらに遥かな地平より目を凝らして見とめる場所。そこに夜はいくつあるのかな。こっちへたどりつくまでに、こどもたちは何度眠るかな。あるときたまたま再会したら、とてつもなく身長が伸びていたきみ、きみは大地にでもなるつもりだったのか。ねえ、秋生まれのきみは、どうやって生まれてきたんだろう。あったかく、つめたく、ゆらゆらと定まらないおぞましい陽だまりを避けて、秋に生まれたこどもたちは、夜、寝息を立てることを醜悪なふるまいだと信じてやまない。

どこからともなくカンヴァスを配置して、ぼくたちはそれに自由な光景を夢見た。その夢がゆるされているあいだ、ゆるされなくなった大人たちがかわりに死んでいくのさ。夜にだけぼくたちに見えるようになる星々というのは、そのひとつひとつが、死んでいった大人たちの眼球だ。そしてぼくたちは、眠らなければならない。

いくばくか気を楽にできるから、植物たちも夜はやわらかく露に濡れるまま。上がったり下がったりしている星空から(いや、ぼくたちのほうか、わからないけれど)何十億もの視線が突き立つ。夜虫の声は遠く、近く、重奏が大気に壁をつくり、きみを閉じこめていた。ずっと、ずっと。
眠れないきみはいつしか巨きく、高くなっていくだろう。ぼくはそんな光景をいつもカンヴァスに描いては、消して、また気付いたら描いていた。小さな窓を遮断していた網戸を開け放つと、虫の鳴き声がよく聞こえて、こんなにもぼくたちは繊細で馬鹿馬鹿しいのかとおどろいた。

ここは果てじゃない
中心でもない
どこでもない場所だけが
集まって
初めてそこは特定される
きみはどこ?
大きな振れ幅の
ぼくたちを殺したい
ゆりかごの回転の中
ぼくたちはいつだって新しい

きみのこえが、ききたい。


自由詩 『秋の夜長』 Copyright hahen 2015-09-23 23:55:30
notebook Home 戻る