もう世界の中心で愛をさけんだりなんてしないなんて言わないよぜったい
末下りょう


おなか、空いてない?
きみにそう聞かれるとぼくのおなかは減りはじめる
そしてそう聞かれたときから余すことなく満たされていく
朝の光のなか、テーブルに触り、きみのそばに座り
きみに満たされた空腹を満たす準備をする
コーヒーが冷めるのをじっと待つように

キッチンの蛇口に一匹のアシナガバチがとまり水を飲んでいる
きみはそれに気づかずに、進化論を否定するようなアキレス腱をむけて
大きなパンを切っている
倒れた植木鉢の花が、湿った土に被さり
窓枠に溜まる光の階段を見あげていた
昨夜の雷か、子どもの投げた花火か
どちらとも言えない音がまだ耳に眠っている
ぼくはいつのまにか空欄を探すためだけに、窓の外を見ていた
あまり眺めがいいとは言えない部屋には
ぼくよりも遙かにぼくに近いきみがいる
とるべき態度はこの朝にもなにもない


力強く、瑞々しいサンドイッチを、きみがぼくの手に乗せる
はみでたトマトが朝の光を吸いこみ鮮やかに、無反省にきらめく
冷えた手のぼくは、火傷しそうな野菜たちにかぶりつく
夜に拘束されていた唇が床に転がり
一匹の蟻に運ばれて、巣で待つ女王の餌になる

どう、おいしい?
きみの髪から、朝の鳥に踏まれた枯葉の匂いがした
ベランダにはイメージの断片が打ちあげられている
波打ち際に砂で書いた声を守るようなぼくは
きみに話しかけられ、足首を触りながら
ようやく空を見る
途切れる波の音のなかで



自由詩 もう世界の中心で愛をさけんだりなんてしないなんて言わないよぜったい Copyright 末下りょう 2015-09-04 04:13:44
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