窓の外
いとう




お久しぶりと
声をかけると
愛人は
この愛人はとてもよくできた愛人なので
泣いたり駄々をこねたりせずに
お久しぶりと
笑ってくれる

「連絡取れなくてごめんね。元気だった?」
「私はいいのよ。あなたこそ大丈夫?」

いつものホテル
いつもの部屋
今日の愛人は
喪服を着ていて
僕たちは言葉少なく
窓を眺めている
外ではなく
窓を眺めて
今日はたぶんSEXしない

「喪服ありがとう。とてもうれしい」

昼下がりのホテル街は
あたりまえなのだが
車も人も
もうしわけ程度で
静寂には慣れていたつもりなのに
涙が少し

僕は妻をとても愛していた
今でも愛している

そして愛人は
きちんと僕を抱きしめてくれる
何も言わずに抱きしめてくれる
何度も言うようだが
この愛人はとてもよくできた愛人なので
よくわかっていてくれて
とてもよくできた愛人はそれでも
とてもよくできているけれど
それでも
彼女は愛人なんだ
妻じゃないんだ


妻が事故で死んでから1ヵ月後、僕は初めて泣いた。
初めて泣いたのは
愛人の前だった
愛人は泣かなかった。







自由詩 窓の外 Copyright いとう 2003-11-10 01:29:23
notebook Home 戻る