中原昼夜逆転
あおば

               150716

中原が昼夜逆転したのは、19歳の時だった
作家を目指して古今東西の文学を漁り
夕刻、人気の無い干潟を散策しては遠くを眺め過ぎ
足元の柔らかい深みに嵌ったまま、潮が満ちてきて
あわや溺死というところを
海苔ひびの見回りにやってきた地元漁師に
助け出されたのだ
その時、無理に引っ張られ、左足首を痛め
今でも歩く時には少しぎこちない感覚が有って
飛んだり跳ねたりとは無縁となってしまった
それ以来、創作は難しいが評論ならば
地道に研鑽を積めばそれなりに糧が得られる
のではないかとの囁きが彼を唆し
2年遅れで文学部に入学した
大学での彼は、授業は余り出ないで資料を
借りては読み耽り、いつの間にか昼夜逆転が
完全に成立していた
時々、昼間活動しなければならないときは
徹夜明けの眠い眼をこじ開けて出かけることなり
苦役と感じるようになったのだから
恐ろしいものだ
資料を読み耽り、その道では知る人とぞ知る
存在になっていたが、原稿依頼は滅多にない
あっても、現金ではなく、掲載誌25冊とかでの
現物支給、もとより、文学仲間は多くないので
大半は畳の肥やしのように部屋の隅に堆積され
数年後、アパートを引き払う時に、
リサイクルゴミとして一括に処理された
評論家では食べていけないし、大学は単位不足と学費滞納で
除籍処分となっている
今では、夜の仕事に就くしかないので、コンビニの夜間店長などを
志願するように探し、なんとか過ごしているが
親兄弟との縁も薄くなり
これから先はどのようなお一人さま生活が有るだろうかと
不安に駆られることもあり、一気呵成に二晩で書き上げた
(客の来ない時間帯などを活用)「お一人さま講座概説」
を数少ない知人に託し、文学フリマのその隅に委託出品したところ
運良く、目の利く、読者の目に留まり、その彼の息子が読んで
面白がり、もしかしたらと考えた彼が、編集部に持ち込んで
若い部下に回し読みさせたところ、出版することになり
著者の中原のところにも少し光が差してきたのですが
昼間の活動が苦手な彼は、一切をメール連絡に頼った結果
印税交渉も一方的に押され、僅か2パーセントということになり
かなり売れたとしても、名前を売り出せるというだけの結果となりそうだと
数少ない中原の知人が語る
88歳で亡くなった、
老人ホームに住んでいた中原中也の恋人の女優、長谷川泰子を
有名詩人のやなせたかしが見舞いに訪れた頃のことかと思うが
昼夜逆転の後遺症は恐ろしく、詳細は思い出せない
そんなことは知らない中原は今では、売れないながらも
執筆活動で世を渡っているが、貯蓄をしないからすぐ金に困り
いまでも夜のアルバイトを探すことからは抜け出せないでいる
もう少し、年をとるとあちこち具合が悪いところが生じるが
夜間、診察してくれる病院は例外的に少ないから
昼夜逆転だけは若い頃に直しておかないと、年をとってから
本当に苦労することになると私は声を大にして言いたい
このことだけは覚えておいても損は無いと思いますので、
敢えて、長文を認めた次第です
あらあらかしこ



初出「即興ゴルコンダ(仮)」
  http://golconda.bbs.fc2.com/
  タイトルは、はかいしさん。





自由詩 中原昼夜逆転 Copyright あおば 2015-07-16 21:48:30
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