トラベラー
マゼンタ

はじめて見た景色だな ここは
船橋駅ちかくのカラオケボックス
ぼくは静かなトイレで、  嘔吐してて
傷だらけの鏡のむこうの顔を見つめながら
ずっと風の通る窓を感じている
おかげさまでまだこらえてるよ
梅雨の中休み、 雨粒だらけのリアウインドウ
助手席で、一晩中、 泣いてたって
ああそうか、きみのこともよく知っている
草刈り機が去ったあとの 青い匂い
知らぬまに這いあがってきた昆虫をはたきおとして
成田へのリムジンバスに乗りこむ
おとといの夕刊が風にまかれて、 そらたかく舞いあがる
いきいきとした葉脈と、白い葉裏をみせながら後方へ景色はとぶ
水滴を含んで膨張するだけ膨張したまひるの月
ハッとしてふりむく ゆるやかな視線の先に
どこかがずれる
死んでぼくたち骨になっても 草に染まっていくだろうから
そのままでもうじゅうぶん瀕死だ
そうか、するとどこへゆこうか
目をこらす とつぜん文字という文字が散っていく
わからなくなってしまう
圏外のサービスエリア、 煤けたツツジ
おーい、おーい、大きく手を振る子供たち
小さな窓から、ちいさくちいさく手をふる
極東の島国が、
見えなくなる  
語りだせよ 古い物語を
風は半透明のぼくのからだを通りぬけていく
つよくぬけていく風 異国の山頂に立って それは
さんざん泣いて疲労した横顔のようだ
逆光によって何もみえない そのあと黙って
亡霊のように、 どこまでも歩いた
言語はすでにほどけ 同じ風と緑にもっていかれた
それともここでも交わされるのだろうか 
ずっとなびいているのか  抱きしめるように
白っぽい砂をおもいっきり蹴散らした
かたすかしの身震い、身震いが全身につたわる ぼくのからだは
半透明だから たぶんすべてを受けいれるだろう
それをたしかめたい
トイレの鏡に無数のひびが入っている
ここは、船橋のカラオケボックス
ドアを閉めると静まりかえる空間
だれかいるらしい
鏡には無数の傷  だらしなく転がり落ちたトイレットペーパー
水ぶくれをつぶしてしまったら 体液が溢れでた
これがぼくの肉体のあかし
地下一階
閉ざされた空間で呻くからだの はけ口であるように
廃屋の窓のように
世界はひらいている
















自由詩 トラベラー Copyright マゼンタ 2015-07-02 17:06:00
notebook Home 戻る 未来