ある鯉の幸福
opus

河原に掛かった赤い橋の上から
親子がパンを投げる
それに無数の鯉が群がる
複数の紺色の鯉
そこに黄色や赤、
そして、白地に赤の斑点
特別な物には目が惹かれるもの
パンは数少ない鯉の近くに落とされ
それを皆が一斉に狙う

ある一匹の紺色の鯉が
その集団から離れ
川の底流にただずんでいた
そこは川の外からは見る事の出来ない
暗く深い溝の狭間
その鯉はパンの取り合いから離れ
川底の苔を食べて過ごしていた
もちろんパンの方が美味く
腹も膨れ
力も出る
しかし、
鯉は体をぶつけ合い
奪い合うことが嫌だった
さらに、
川底の冷たい水の流れに身を任せ
その流れの振動を体に伝わらせる事の方が
彼にはパンよりもさらに幸福を感じられる事だった

夜になると川に星が満ちる
皆は明日のパンのために体を休めるが
その鯉は星の瞬きに目を見張らせていた
じっと、星を見ていると
周りの世界と空が混同し、
まるで自分が星の中を漂っている気分になった
星々は力強く瞬き
彼に温もりと喜びを
与えてくれた
そうして、体が火照ってくると
まるで自分も星の一つであるかのように思い
ならば、より瞬こうと
力を入れると
さらに増した温もりと喜びが
彼を包み込むのだった

そうして、
その鯉は生きた
そうして、
その鯉は死んだ
他の鯉の半分程の寿命しか生きられず
子供も作らず
どの鯉にも気づかれぬまま
静かに、
溝から川の下流へと流されていった




自由詩 ある鯉の幸福 Copyright opus 2015-06-18 19:14:49
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