アイン、ヨナ、リクト幻想
dopp

アインは白い階段を上り続けていました。薄い灰色をした大きな鯨の死骸が、胸鰭を反らせながら身に纏った細かな塵を月明かりにキラキラとさせ、ゆっくりと水底に沈むように風も立てず落ちてゆきました。大きな優しい目を白く濁らせた鯨の死骸でした。見ていた訳ではありませんが、どこまでもどこまでも、点になるまで鯨が沈んで行くのを感じながらアインは歩きました。ふと上を見上げました。鹿、鳥、蛙、魚、猫、半ばで折れた樹、何もかもの死骸が大きな灰色の渦を巻いて降り続けているのが見えました。ぶつかりそうになりましたが、空気の詰まった紙袋よりもずっと軽く柔らかく、あまりにもゆっくり落ちるので、手の届くほどの距離まで来るとアインの歩みが起こす風に流されるのでした。できるだけこれらの死骸を気にしないように、前だけを見て歩きました。あの中にはヨナもリクトもいるはずでした。仰向けになって目を閉じ、胸の上で手を組んだヨナです。右肘を逆に折られ、お腹から内蔵をはみ出させて砂に塗れたリクトです。二人とも薄く笑いながら、はらりと空気に解けた髪は淡く月の光を帯びているはずでした。たとえ目を閉じていたとしても、アインにはそれが分かるのでした。
宙に浮かぶ階段は蛇行しながら、空に張り付いた薄っぺらな月に繋がっていました。あの月には扉が付いている、とアインは思いました。
空は次第に紫色になりました。扉がはっきりと見えました。金の飾りで縁取りされた片開きの黒い扉が、不恰好に張り付いています。近づいてみれば、月は白く、目が痛くなるほど強い光を放っていました。


散文(批評随筆小説等) アイン、ヨナ、リクト幻想 Copyright dopp 2015-06-16 11:54:04
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