知らない
栗山透

僕らはカフェで向かい合わせに座り、ホットコーヒーとルイボスティを飲みながらそれぞれ本を読んでいる。彼女は女性翻訳家が書いたエッセイ集を、僕は高校生のころに読んだ小川洋子さんの小説を読み返している。

店内にはうすく北欧の音楽がかかっていたが、彼女はイヤホンをして自分の好きな音楽を聴いている。僕は前かがみになりテーブルに置かれた彼女のスマホに手を伸ばし、何の曲を聴いているのか確かめた。彼女はちらっと僕の顔を見たが何も言わずすぐに頁に目を落とす。

画面に表示されていたのは聞いたこともないアーティスト名だった。曲名は日本語でも英語でもない。たぶん実際聴いても僕には分からないだろう。

僕はスマホに手を伸ばしたまま彼女の整った眉毛をしばらく眺めた。

彼女は、いつもちがう服を着て、いつもちがう音楽を聴いている気がする。空気を圧縮した音楽。森や湖をそのまま音にしたような曲を好む。

ベースが上手いだとか、ギターが下手だとか、そういうことは一切気にしない。というかほとんど分からないらしい。でも心地いい音楽を選ぶ耳を持っている。

僕は集中力が途切れてしまったので本を閉じて背筋をぴんと伸ばし彼女のほうを眺める。彼女はそれに気づかず本を読み続けている。

髪の毛のいっぽんいっぽんを
閉じられた口元を
浮きでた鎖骨と首すじを
ニットセーターの膨らんだ胸元を

僕はただ眺める。


自由詩 知らない Copyright 栗山透 2015-06-14 12:27:33
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