森を出る
カワグチタケシ

 雪が解けて木々がいっせいに芽吹く。地表の下は地下だ。すべてが地下だ。
湿った落葉が陽に照らされて、ゆっくりと乾燥していく。その下は陽の届かない
地下だ。 

 耳をすますと、小さな音が聞こえる。落葉の下で、昆虫たちが目をさまし、
眠たそうな顔で、触覚をこすりあわせる音が聞こえる。

 昆虫たちは次第に覚醒し、触覚をこすりあわせる音は単位になる。音は素数。
正確に不規則に束ねられ、いくつかの歌が生まれる。

 種と種のあいだで、おなじ昆虫の雄どうしで、生存を賭けた争いがはじまる。

 森は昆虫たちのバトルフィールドだ。

 僕らはこの森を守ることも救うこともできない。
 僕らにできるのは落葉の下から聞こえてくる小さな歌に耳をすますことだけだ。

 森は昆虫たちのバトルフィールドだ。
僕らの片言の思念では到達できない場所で、小さな裏切りと殺戮が絶えまなく
繰り返されている。

 やがて西の方角から、陽の沈む音が聞こえてくる。陽の沈む音は徐々に形を
明らかにし、昆虫たちの争いの歌にとって代わる。そして夜が落葉の下にも
静寂を連れてくる。

 森を一歩出て信号を渡ればそこは、希望と善意が乱雑に交錯する、人間と
車輪のバトルフィールドだ。

 西の高層建築に半月が沈み、季節が90度回転する。

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自由詩 森を出る Copyright カワグチタケシ 2015-05-23 10:53:03
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