エチュード ハ短調作品10の12(ショパン)
Lucy

びっくりしました
先生が私のアパートのバスタブの底に沈んでいるのを見た時は
ついにやらかしてしまったと思った
内臓が一度にズンと下降する感覚
愛用のキャメルのジャケットを着たままの抜け殻のようなあなたの骸を
バスタブから引き上げるとその軽さに衝撃を受けながら
まるで赤ちゃんを抱くように両手に抱え
いやこれは現実ではない夢だあくまで私の意識下の出来事なのだと早口で
自分に言い聞かせていました救急車と警察が到着するまでの間に必死で言い訳を考えた
確かに私は先生を殺してしまったかもしれないでもそれは比喩であり
メタファーなのだから
彼がわざわざ私の家に来て自殺などするはずはないのだ思いつめていたのはひたすら私だったのだから
これは事故です偶然ですこの人はどこかの知らない老人です
徘徊していて私の部屋に入り込み誤ってバスタブに沈んだのでしょう
いまさら私とこの人の関係を詮索などしないでいただきたい
この人が史学者だろうと詩人だろうと
ホームレスだろうと関係ない


あなたの澄んだ感傷も
罪のない打算も関係ない
教祖だろうとペテン師だろうと

自分の糸を全部貴方の手に預け
踊っていた少女の衣装の
マリオネットは私

一心に耳を傾け
信仰し追従し模倣を試み
言葉の海を泳ぎ
荒野に踏み出す心細さに酔いしれ

貴方は個人主義的平和主義者であり
戦う民衆であり団結する労働者であり
自立する女性たちであり
伸びやかに育つ未来の子どもたちであり
その実現のためにろくに睡眠もとらず
昼夜を惜しんで働き続ける戦士であり
孤独な預言者であり神だった

警察が来る前に
証拠隠滅を

操る人のない腹話術人形のように
近代国家を身にまとい
沈んでいるのは
先生 明日生き返るはずの
私たちの革命なのでしょう?


自由詩 エチュード ハ短調作品10の12(ショパン) Copyright Lucy 2015-05-18 22:18:11
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