麦藁帽子。
梓ゆい

父の眼鏡が光を取り込んで
天井に反射をした淡い粒子が
「帰ってきたよ。」と呼びかける初夏の午前中。

庭では母と娘が
来たるべき新盆に備え
草取りをしている。

うっすらと積もる雪の中
父が遠くへと逝ったあの日から早数ヶ月。

軒先では猫たちが遊びまわり
父の好きだった花達が少しずつ開き始め
近くにいるであろう家の主(あるじ)に敬意を向けて
競い合いながら花びらを差し出す。

父の姿は見えなくとも
時折吹く涼しい風が
「お疲れ様。」と母と娘の汗をぬぐう。
(午後からは、雨が降った。)
少しは休みなさい。と気遣うかの様に。

花達は
葉と茎に降り注ぐ雨を全身に浴びて
空へと伸びてゆく。

夜にはこの雨も上がり
水たまりや朝露の中に
父は姿を現すのだろう。

家々の草木や花
慎ましい営みの中
懸命に生きようとする妻と娘たちを見守りながら。

埋まったままの球根
青葉が揺れるしだれ桜
去年収穫したひまわりの種

今年もまた
庭一面にビビットカラーのパズルを描き出す。

麦藁帽子をかぶり
額の汗をぬぐいながら草取りをする父の姿を
追い続けて。


自由詩 麦藁帽子。 Copyright 梓ゆい 2015-05-17 00:52:11
notebook Home