始発電車
葉leaf



一日という、すべての人間の背後に貼りつく不気味な影を町中に伝播させるため、始発電車は今日も出発する。朝は既に始まってしまっているので、始発電車は出遅れるのだが、そこから改めて朝を始め直す力を巨体に漲らせている。始発電車は一日中すべての人間の背後で汽笛を鳴らし続ける。

人影もまばらで大気も初々しい中、陽射しばかりが明らかで、僕は今日の企みを網の目のように車内に張り巡らす。列車が揺れると網の目も揺れて、様々な可能性を未来の海から引き揚げてくるから、僕は更に網の目を細やかに、生活のこと、哲学のこと、社会のこと、何でも始発電車は知っている。

町はこんなに明るいのに死臭が漂っている。まだ生まれる前の事物は死んでいるので、建物も電柱も物質としての密度の循環を停止している。爽やかで清々しい死臭だが、場合によっては砂のにおいや雨のにおいと間違えられるかもしれない。今まさにすべてが生まれようとしていて、死臭が一気に高まる。

風景の足し算、引き算、かけ算、割り算によってその日の予算は計上される。始発電車はその日の最初の電車として、風景だけでなくその背後にある機構全てを計算する。一日の風景とその背後の予算を組み立て、後続する電車はその予算内で風景を支出していく。風景は足されて遠景となり、引かれて空間となり、かけられて彫刻となり、割られて残骸となり、出来上がった予算は凝縮した一本の針となる。


自由詩 始発電車 Copyright 葉leaf 2015-05-01 06:38:15
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