ある経済
伊織

正当に生きることを肯定してくれる人を買った
最初の一時間で自分が何者になりたいのかを問うて
それからゆっくりと満たしていく
物質ですらない存在に触れては注意深く撫でさする
スイッチではない箇所を理解させる


手を握ってもいいことを知らなかった
それと
ベッドがベルトコンベアではないことも


私、生きている人間だったんだ


与えられて分かった
求められることは
奪われることであった


「これが“普通”だよ。」
その人は告げた
そして色のあるキスを交わし
理解できなかったことを唾液と一緒に飲み込む



普通に生きたくても私には権利がない
そう言い聞かせられて育った
持たざる者は持たざる者
持てる者は持てる者としてその地位を継承していく
持たざる者が持てる者へと昇格するためには標準を相当量上回る努力を要し
いわゆるセーフティーネットが物質面においてすら機能しない現状では
人生のある部分を諦めながら生活していた

時は流れ
インターネットによる消費行動の変容により
一部の望みを金銭によって叶えることは容易になったわけなのだが、


それならば
掠れた声で名前を呼ぶ権利は
四万円の中に含まれているのかと


自由詩 ある経済 Copyright 伊織 2015-04-24 19:28:00
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