狐夫婦
……とある蛙

朝靄の中
白い影が一歩また一歩
呟く声の方向は
白い視界の中の山脈
吹雪いている心の中の
一線の黒い帯赤い線

ほんの三ヶ月前には
仄かな暖かさのため
身を寄せ合って生きてきた
そんな老狐二匹

春先は
緑の山脈に
獲物を追い込んで
二匹で分け合って食べたり

水を飲みに渓谷を下り
ついでに魚を仕留めたり

雄狐は雌狐のえさを食べる姿を見ているのが好きで
雌狐は雄狐と一緒にしっぽを立てて歩くのが好きだった

それは突然やってきた
雄狐は何が何だか分からなかった。
雌狐が突然体を震わせて
真横に転倒したのだ

雄狐はつきっきりで見守った。
薄の穂に水を付けて川から水を運んだり
野ネズミを捕って食いちぎったの肉片を
雌狐の口元に置いたり

雌狐はじっと雄狐を見るだけで
何も口にしなかった。
雄狐の鳴き声に最初は返答していたが、
そのうち唸りもしなくなった。

雄狐はそれでも雌狐の体をなめる
毛繕いするように丁寧に舐める。
それでも雌狐はじっと雄狐を見ていた。

雄狐は突然薬草のことを思い出す。
薬草のある崖の上に勇躍出かける
きっと元通りになると信じて
薬草を持って帰ったが雌狐は食べない

雌狐を巣穴の中に残して雄狐は獲物を追いかけた
日が暮れていても獲物を執拗に追いかけた。
まるで、その獲物が雌狐にとり憑いた敵のように

雌狐は咳き込む。
もう息は切れ切れになり、
衰弱しているのが
呼吸からも見て取れる。

それでも雄狐は獲物を運ぶことをやめない
それ以外にしてやれることがないのだ
してやれることを続けるしかないのだ

雌狐は目を閉じた。
それから二度と目を開けなかった。
雄狐はそれでも獲物を運び続ける
自分が食べることもなく。

雄狐はそれからも獲物を運び続けた
ずっと運び続けるのだった。

そして雌狐が動かないことを確認したとき
雄狐は冬に向かって歩き出した。
なんの防備もなく、行き先もなく
雄狐は冬に向かって歩いて行った。
たった一匹で。


自由詩 狐夫婦 Copyright ……とある蛙 2015-04-21 14:43:43
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