日本一小さな港*小良ケ浜漁港
黒木アン

いい農村がありまして

春の訪れは
れんげ草に
すみれの花へと
少女たちをさそい
揺れる枝の下で
七重八重の花びらを
ゆるやかに
川に流したりして
一斉に芽吹いた
草木の香りの中で
瀬音をきいて
おりました

山野の恵みは
大自然の傍らで生まれ
雀隠れに
菜飯の弁当をひろげて
里では忙しく
農作業がはじまる
緑の時

すいこんだ雨露に
甚平と風鈴は
道草をした夕暮れにも
優しくて
鳴鳥の音のここちよい
川面を眺めながら
静かに足を冷やし
入道雲がわく青き空に
迷う時も
水平線は
かわらずにいたのに


祭りと短い夏海を
一気にすごせば

秋山を
踏みわけながら
稲も色づきはじめ
農夫は月をよみ
飽くことのない
自然の業に
田畑のあいだに
汗がよろこび
紅葉かがやくのが
常でした

やがて
又かけ足でやってくる
雪舞う冬に
囲炉裏にかがんだ
ちゃんちゃんこは
話に入り
ねんねこに埋めた
小さな頬は愛しくて

身酒か玉子酒か
どちらにしようか
だなんて



いい港がありまして

トンネルを
くぐり抜け
荒波に小舟を
おろした
冬海も
おだやかな浅瀬に
流れた時も
打ち寄せる波は
約束された
ふるさとでしたのに

此処にしかない
揺るぎない美景も
素朴な暮らしも


いまは
間借りの日々と
なりました



ぼくは息吹きに
なれますかと
少年がいっております



おばちゃんに
海をみせてあげてください
おじちゃんに舟をみつけて
あげてください
荒廃したまま
かえれないなら
わすれたものを
とりにかえってあげても
いいですか



おばちゃんは
うごけないんだ
と……


自由詩 日本一小さな港*小良ケ浜漁港 Copyright 黒木アン 2015-03-29 07:09:28
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