渡る世間はクマばかり 
オダカズヒコ



魚肉ソーセージを喉に詰まらせてひっくり返ってる猫の屍骸を公園で見た。誰だこんな酷いことをしたのは。クマのヘンドリックはぼくの隣にきてペットボトルの水を飲みながら言った。そして飲み残したペットボトルの水を猫にかけている。おい、止せよ。ぼくはヘンドリックの腕をさえぎった。猫にしちゃ上等な死に様だ。ヘンドリックは忌々しそうに唾を吐き捨てた。去年死んだ俺の叔父さんはな、電気コードを首にグルグル巻きにされて殺されたんだ。あの晩も今夜みたいに、オリオンが綺麗に見えたよ。

“完璧な愛などといったものは存在しない。完璧な女が存在しないようにね”ペットフードを販売してる会社でエリアマネージャーをしているぼくの兄は村上春樹みたいに言った。彼女の誕生日プレゼントにアルパカのハーフコートを伊勢丹で買い。ついでの帰りに兄の家に寄った。兄はお菓子に使用される米の原産地表示が義務付け化される話やミニマムアクセス米の話をした。
「彼女のこと好きか?」
「ああ、とっても」
「これからもか?」
「ああ、一生ね」
それから一人の女を一生愛し続けることの困難さについて兄貴は語り始めた。

ヘンドリックが冷蔵庫を覗き込んで「何もないけどどうすればいい?」と首だけこっちへ向けて、お尻を突き出して言っている。どうやら買い物へ行きたいらしい。これだけ済んだら行くよ。
へっ?
買い物だよ。
お前の顔を見れば何でも書いてあるんだよ。
何でもか?
おう、何でもだ。
すると何だ?俺の顔を見るだけで何でもわかるというわけか?
本当だ。
ヘンドリックは今度は洗面台の鏡をしげしげと覗き込んでいる。
兄貴がペットフードの会社に勤めてるの知ってるか?
初めて訊いた。
それが何か俺に関係あるのか?
オマエも世間では一応ペットに分類されるんだ。何だ?面白そうな話だな。

これが新製品のクマ用生鮭の缶詰だ。最近はうちだけじゃなくてクマを飼う家庭が増えたからね。兄貴の会社でもラインナップされたわけだ。俺がグルメだってこと知ってるだろ?北海道の奥で暮らしてる野蛮な田舎モノのヒグマとはわけが違うんだよ。
都会のクマと田舎のクマの違いなんて今のところどうでもいいわけさ。どのみち人間とクマが違う生き物だってことぐらいここで4年も暮らしてるとそろそろお前も気付いてるだろ。ラーメン屋さんだって包丁をうまく握れなくて一週間で首になったし、あそこの大将だって力になれなくてすまないって涙ながらに頭を下げて謝ってくれたのお前も覚えてるだろ?ばか言え、あそこは10日だよ。とにかく明日フィアンセがうちにくる。
変なクマと暮らしてるってなったら彼女びっくりするだろ?
女と俺とどっちが大事なんだよ!ボケっ!

今日からお前のねぐらはここだよ。
魚肉ソーセージを喉に詰まらせて干からび猫の死体。もう5年も誰も寄り付かない公園。雑草がヘンドリックのお腹の辺りまで伸び放題になってる。悪いなヘンドリック。ぼくが幸せになる為には君をここに置いていかなくちゃならない。確か前にもこんなことがあったっけな。そうだ、エリカって女の時だ。半泣きのヘンドリックはブランコに乗りながら言った。ちぇ、こんな場所で別れ話かよ!


自由詩 渡る世間はクマばかり  Copyright オダカズヒコ 2015-03-07 19:18:47
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