漂着 (連作8)
光冨郁也

揺れている。揺れている船の上、喉が渇くので、ペットボトルの口を開ける。ミネラルウォーターを飲む。
(ひたすら漂いたい気分だ)
 わたしは退院後、船で島に向かっていた。誰もいないところに行ってみたかった。風が吹いている。甲板の椅子にすわり、海を眺める。曇った空に波立つ海。わたしは立ち、手すりに近づき、そこから薬を海に捨てた。錠剤の入った銀や金のパッケージが風にあおられ、光っては波間に消えていった。

 その日の午後に港に着き、民宿に泊まった。簡素な料理を出してもらった。赤い刺身に、白いご飯。
 見たこともないバラエティ番組、地元のローカルTVを見ながら食事をとった。霧の日に無人島が現れ、そこでマーメイドが出没するという。タレントの驚いた顔。フロに入ると、窓から海が見える。波の音を聞く。
 天井を眺めていた夜、薬を飲まなくても、いつしか眠っていた。

 朝、霧の中、ペットボトルを持って、島のまわりを歩き回った。さまよって、海岸を歩く。ぼんやりと岩の上で海を眺めた。
 わたしは服を着たまま、ひとりで海に入っていく。漂いたかった。手を拡げ、しばらく浮かんでいたが、潮に流される。ペットボトルもどこかへいってしまった。もう必要ない。水を吸い、ジーパンが重い。体も冷えてきて、自由がきかない。わたしはじきに沈んでいってしまう。

 海の底では時間が滞っているのだろう。沈んでいってしまう。それでもいい。海水を飲む。ふいにだれかが、わたしを抱きかかえた。大きな尾びれが、わたしの体を海面へと引き上げた。わたしは水で咳き込む。
 女だった。女の緑色の目が、わたしに泳ぐよう、うながしている。女はわたしに手を回して、島とは反対の方向の沖へと向かった。彼方に別の、小さな島の影が見えた。例の無人島かもしれない。女の手を握り、わたしも力なく、泳ぐ。海水が目にしみる。

 どのくらいか進んだのだろうか。霧に島の影が消えている。空がやけに低い。雨が降りそうだ。振り返ってみたが何も見えない。方向を見失ったらしい。次第にかったるくなる。漂いたかった。
 わたしは握っていた女の手を離した。女は振り返ってわたしの顔を見ていたが、しばらくして無言で潜っていってしまう。愛想をつかれたのか、それとも島を探しに行ったのか。波が来るたびに、浮かんだり沈んだりを繰り返す。まばらな雨粒が顔に当たる。仰向けになり、ぼんやりと雨空を眺める。冷たい風が吹く。弧を描く水平線に囲まれている。わたしはひとりだ。さびしいが、それもいい。

 霧が晴れたころ、海面に尾びれが上がる。回転し、再び顔を出した女が、現れた島を指さす。女はわたしに、もう片方の手を伸ばした。それもいい。
 わたしは女の元へと漂着する。



自由詩 漂着 (連作8) Copyright 光冨郁也 2005-02-06 12:35:26
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