声
カワグチタケシ
*
声とともに遠ざかる
深い闇はいつも僕の外側にあった
それは宇宙とつながっていて
私はそこにひかれたの、と彼女は言う
その声に僕は身をかたくする
夕暮れに開け放たれたテラスに
路地の向こう側のクリーニング店から
なつかしい匂いが流れ込んでくる
理想をつかみよせるには
僕らの声はいつも小さすぎた そして
声は止み、針の音だけが残る
薄れていく日射しを選り分けるように
僕らは手をふって別れた そして
声だけがいつまでも何度も振り返る
**
時間はいつも正確に
声をかすめとっていく
大気の震えはかならず
波がひくように消えてしまう
夕暮れから夜に近づく街を歩きながら
僕らはにわかに
信じがたいような熱心さで
声を捕らえようとする
錆びた無人の改札をくぐりながら
電線の影を拾う
声
その残響を連れて
僕はひとりの部屋に戻り
風呂場で足の指を洗う
***
テレビのスイッチを入れる
副題のない日々
十月、夜の新宿
街はどこもかしこも夏みたいだ
蛍光灯の淡い影を連れて
地下街を歩いていく
人ごみのなかからひときわ弱い
波動を見つけだし、チューニングする
午後のセントラルに始まり
朝、東の果てに消える
とぎれとぎれの声に耳を澄ます
かつて彼女がそう呼んで
今はもう呼ぶことのない名前を追いかけて
声は次第に遠ざかっていく