書店
葉leaf




私は誰の役にも立たない人間だが、物の役には立てる。今さら人間に媚びる必要はないのだ。物を愛し、物と共に生き、物と会話して生きていけばいい。私は社会的動物であることを別の意味で置き換えた。つまり、物と私が織りなすネットワークこそが社会である、と。
男は私を書店に案内した。書店などという人間の精神や人間の交易の臭いのする場所は私を激しく嫉妬させるが、どうやらそれは森にあるらしい。そして、本には何も書かれておらず、何も書かれる予定もなく、ただ森に物として置いてあり、商業も成り立っていないらしいのだ。
私は本に恋い焦がれた。物との官能的な触れ合いしか私を慰めるものはない。物が置かれているだけで、物の周りには強烈な磁場が発生し、私はその物ごとの固有の磁場の配置にとても惹かれるのだ。ちょうど、普通の人間が他の様々な容貌をした人間に惹かれるように。物の磁場は物の容姿である。
人間という私の劣等感を刺激する存在のひしめく都会を離れて、旅路における些細な物との気の狂いそうなほどの恋愛を経て、私は極めて魅力的な森へとたどり着いた。木々は膨大で強靭な精神で私の脳をかき乱すし、川は私の体の真ん中を貫くかのようだった。
私は歓喜で気を失ったが、男はすぐさま私を揺り起した。しかしこの男は神経で貫かれているからいけないのだ。こいつの神経をすべて抜いてしまえば、私はこの男を愛せるかもしれない。余計な意志の働きや鋭い目の動き、よく動く表情、すべてに吐き気がする。
私は男の案内するまま、本を見つけていった。大樹の葉の裏側、川底、茂みの陰、何も書かれていない工芸品のような本がそこここにおかれていて、しっとり濡れていた。この本がまとうわずかな人間の臭みが一層私の欲情を刺激する。ただの物だけでもつまらないのだ。美しいものは何らかの不快なものを含んでいなければならない。人間臭さという不快さがあって初めて本は美しい。
すると、急に男は私に襲いかかってきた。そうだ、確かに私は沢山の貴重な物を持ち歩いている。数々の宝石や高価な薬品。男は私を殺してそれらを奪おうとしている。貨幣的な価値でしか物を計れないとはひたすらくだらない存在だな、人間は。
私はこの森の書店に満足していた。本という美しい物との恋愛に欲情した。私は物たちのルールに従い、物的に対価を支払おうではないか。それは、私自身を一個の物として物のネットワーク、物の社会の構成員として上手に磁場を放つことだ。男は私を殺した。私は腐っていく死体として、物の社会に組み込まれ、磁場を限りなく美しく操ることに熱中した。物として死んでいるということはこんなにも喜びに満ちているのだな。


自由詩 書店 Copyright 葉leaf 2015-02-19 03:19:06
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