8月のバガデル  
オダ カズヒコ



黒ブチの
仔猫の彼女がいなくなって一週間

去勢手術を受けるために入院をし
退院した翌日に
ベランダの3階から飛び降りて以来
姿を消した仔猫

キッチンのコンロのある
隅っこがとても大好きで
そこでよく大きな
伸びをしていたが

3階から下はコンクリートで
まだ幼い彼女の足には 
たぶん
とても負担だったろう

きっと辛い骨折でもしているか
今もどこかで
その足を引きずりながら
歩いているに違いない

外の世界へ
僕が巻きつけた
レースのスカーフを首に巻いて
きっとどこかの町で
ノラをしているに違いない彼女


部屋の玄関の水槽が割れて
熱帯魚たちが
水の泡の中に溢れ出した

もちろん
タイルの床は水浸しだ

このワンルームマンションの
不安げなバランスと
欠けた器の破片に体を反らす
魚たちの群れが
一勢に口を開く


部屋から10分の
ショッピングモールの植え込みで
眠っている仔猫をみつけた

黒ブチの顔を
眠たげにこちらへ向け

プンっと
そ知らぬ顔だ
首に巻いた赤いスカーフも
もう真っ黒で

胸の中に彼女を抱き上げると
ツンと
尖った耳を
僕の頬にすりつけ
にゃーお ひと鳴き

適当なサイズの水槽をショップで買うと
車に乗せた
バタンっとドアを閉めると
後部座席でブチ猫の彼女が

水槽に首と右手を突っ込んで
がりがりと 
爪で内側を引っ掻いてる

「帰るまでに その水槽壊しちゃうなよ」と僕は
バックミラー越しに語りかけ
キーをひねりエンジンを吹かすと
朝食の時の
マーマレードが切れていたことを思い出し

ウインドウガラス越しに外をみつめた
真夏の25歳
それは8月のバガデル 僕らの思い出


自由詩 8月のバガデル   Copyright オダ カズヒコ 2015-02-07 21:50:45
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