小学生の夜
宮木理人

小高い丘の上にあるアパートの一室で、ぼくはカーテンにぐるぐる巻きになってコロコロコミックを読んでいる。
いつも楽しみにしていたギャグ漫画が突然最終回を迎えた。最後からの2ページを、何度も何度も読み返した。
食い入るように絵と文字に集中して、そこから引き出される最大限の情報を入手しようと石になる。
情報がインプットされるごとにぼくの体はだんだんと現実を感知できなくなって、本当に指先から徐々に石になっていき、窓の隙間から夜風が入って来るけど、その冷たさが分からない。

初めて物語を体験したときから、腸で物事を考えるようになった。
本を閉じて夜空に目をやったとき、何かがおかしい、と感じた。
月がいつもより明るかったし、何か、今ぼくは、とんでもない世界に生まれて来てしまったんだって気がして、ふと見渡すと、部屋の壁が一面氷付けになっている。
よっぽど外の風が冷たかったんだろうな。

口のなかがなんだかムズ痒いような気がして鏡を見てみると、歯の裏に隠れていたピエロたちがぞろぞろ出て来て、舌のうえでサーカスをはじめている。
だからぼくはただ何もしなくても、口から勝手に賑やかな言葉がどんどん溢れてくるようになった。

ふとんに入って目を瞑り、妄想をする。
明日の朝になると、好きな女の子が突然家にやってきて「一緒に学校に行こうよ」と誘ってくれる、そんな映像を強くイメージする。だけどぼくの想像力がおぼつかないせいで、その女の子が顔が毎回のっぺらぼうになってしまう。ぼくはぼくの想像力の至らなさを恨みながら、深い深い眠りにつく。そんな夜を繰り返していくごとに、ぼくは顔のない女の子に本気で恋をする。

父親が隠したエロ本の在処。誰のだか分からない電話番号のメモ。母親のタンスから香る謎のせっけんの匂い。
お父さんやお母さんや友達にも言えなくなってしまった言葉を、手紙に書く。それを折畳んで折畳んで限界まで小さくなったやつを、タンスの隙間や冷蔵庫の裏、ドアの付け根の小さな溝に、そっと差し込む。

それはなにかしらの鍵のようになり、書いた言葉によっては差し込んだ瞬間、部屋が一瞬だけ回転する。
何も壊れないし何の衝撃もないのだけれど、たしかにクルッと一回転するのだ。お父さん、お母さんも寝たまんま。これはぼくしか知らない遊びだ。

色んなからくりがこの家にはある。
満月の夜になると、このアパートには羽が生えて、町内を2時間ほど飛行する。
そして眠っているカラスを順番良く食べてお腹いっぱいになったあと、新しい朝がくる。





自由詩 小学生の夜 Copyright 宮木理人 2015-02-06 22:28:03
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