空への手紙(ヘンドリック・シリーズ)
オダ カズヒコ



ところで君がいなくなった後の
この世界についての話をしておこう
君がいった後
ぼくらはあのマンションを引き払って
少し不便だが
旧華族の邸を改装した
郊外の物件を購入し
そこへ移り住んだ
もちろん
ヘンドリックとマリーも一緒だ

ぼくはこの手紙を
グラフや年表を作るような正確さで
書くつもりはない

言葉は不毛だ
人間に矛盾を与え
自然を破壊し
愛を偽りのものとし
希望に泥を塗る
真実はいつも沈黙の中にある

夏の終わりに思うことは
誰もがみな
同じことらしい

ヘンドリックは元気だよ
彼は君のことを思い出すほど
気の回るやつじゃないが
時々黙りこくって
ポテトチップスの塩のついた指先を
ジッと見つめていることがある
マリーは
かわいそうな子だ
だが世界はもっと残酷な姿をしている

君が美しいとつぶやいたあの海は
どうだい
まだ美しいままかい?
空には希望があると言ったが
君のいない世界の
どこにそんな事実がある?

君なら
こう表現するのかもしれない

9回裏ノーアウト満塁
キャッチャーミットに吸い込まれる
乾いたボールの音
うねるような観客の歓声
ネクストバッターボックスで
素振りをする4番打者
監督はジッと腕組みをしたまま動かない
ホームベースの上を通過する
ど真ん中の直球
打席に立つのは
他の誰でもなく
常に
常にあなた自身だ


自由詩 空への手紙(ヘンドリック・シリーズ) Copyright オダ カズヒコ 2015-02-01 00:13:06
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