星が降った聖夜
くみ
学校の試験休みも終業式も終わり、冬休みに突入した。
12月24日のクリスマスイブは、自分と彼の初めて過ごすクリスマスだった。
当初はどこへ行こうかと色々計画を練ってみたりもした。
都心からそう遠くない千葉にあるテーマパーク、多摩方面にある遊園地、自分が大好きな水族館や植物園、街のイルミネーションを見に行くなど候補は沢山あったのだ。
教会のクリスマスミサに行ってみたいとも思ったが、信者でもない、ただステンドグラスやあの独特で厳粛な雰囲気が好きだっただけの自分には気軽には行けれない場所だと思い断念した。
所詮は16歳の小遣いと限られた時間では行く所は自ずと限られてしまう。
結局、何処かに出掛けるよりも家でゆっくり2人で過ごす事に落ち着いた。
彼の両親は夜遅くまで帰ってこないらしい。
彼の家は何回か行ってはいるが、洋風な造りの一軒家だ。普通にガーデニングされた少綺麗な庭があったのだが、初めて来た時に驚いたのは、小さな中庭もある事だった。イギリス風の中庭で、温室までちゃんとあるのだ。中には薔薇なんかの華やかな花が綺麗に咲いていたのを思い出した。
「これ、開けてみて」
彼の家に入り、座り心地の良いクッションが沢山あるソファーに腰を降ろすと、買ってきたケーキを差し出した。
彼が箱を開けると中には幾つもの種類の小さいケーキが規則正しく並んでいる。
それは色とりどりに飾られていて、さながら小さな宝石が詰まっているかの様だった。
「普通のクリスマスケーキはたぶんお母さん達と食べるんだろうから、ちょっと変わったやつ選んできたんだけど、これなら小さいから色々食べれるかなって」
「ならお茶煎れるよ。何がいい?あ、母さんが何か新しい紅茶取り寄せて飲んでたみたいだからそれにするか」
キッチンの戸棚から紅茶の葉が入っている缶を取り出すとこっちに投げてきた。
「クリスマスティーだ。普通のより少しいい紅茶だよ。勝手に飲んでもいいのかな?」
「大丈夫。戸棚のやつは自由に飲んでいいって言ってたから」
缶のラベルを見ると良いメーカーのクリスマスティーだ。カルダモン、シナモン、クローブなどのスパイスが入っていて料理なんかにも合う紅茶である。
2人だけのお茶会。
目の前の彼は小さな苺が乗ったケーキを頬杖を付きながら早速美味しそうに食べている。
お茶とケーキだけなのに、ちょっと贅沢をした気分になってつい顔が綻んでしまう。
クリスマスプレゼントは少し奮発をした。
彼は自分とは反対で実用性がある物が好きである。
だからこの先も毎日使える海外メーカーの小物入れにしてみた。それはやや大きめなペンケース型の物で、ポケットも沢山付いている。これならペンケースと限定しなくても色々な用途に使えそうだったから。
自分が贈られたプレゼントはちょっと微笑ましく思ってしまう小さな小物類の詰め合わせだった。
自分が好きな色のリボンの付いた、少し大き目な箱を開けると、中から小さな可愛い蝋燭や手帳に貼れそうなシール類、手のひらサイズのスノーボール、小さな指輪、その他にも細々した物達が沢山詰まっている。
「何送ったらいいのか分からなかったからさ、色々考えてお前の好きそうなちまちましたやつ集めてみた」
「ありがとう!凄く嬉しい。ちゃんと大事にしまっておくからね」
「ちゃんと使え」
「だって使うの勿体無い位に可愛いんだもん」
「物は使ってこそ味が出るんだよ。知らないのか?」
「なら、ちゃんと使うね。本当にありがとう」
お店に入るの苦労したんだろうな……。
他の女性客に混じって、顔を赤らめながら一生懸命に選んでいる彼の姿をつい想像してしまう。
夕方になると彼の家のリビングからは真っ赤に染まっていた空がだんだんと沈んでいく様子が分かる。お喋りに夢中というか、彼の話を聞いていた間に、空はすっかり闇を湛え、星を照らしていた。
「ねぇ、久々に温室の中入って花を見てもいい?」
「なら、俺も一緒に行く。靴、ちょっと冷えるかもしれないけどサンダルでもいいか?」
「うん、大丈夫」
彼はちょっと何処かに行く時でも必ず手を繋いでくれる。
手を繋がれる瞬間の事を思うといつも胸の辺りがきゅっと締め付けられる感覚になる。
身長だって自分より一回り小さいのに何だか守られている気がしてちょっと気恥ずかしくもあるし嬉しくもなってしまう。
相変わらず温室は花のいい香りがする。今の季節は真っ赤なポインセチアが綺麗に咲いていたら。暫く2人で手を繋いだまま花を見ていたが、 何となく彼の方を見るとにこりと、爽やかに微笑んできた。少し寒いのかこちらに身体をぐっと寄せてきている。彼の体温を間近に感じた自分の心臓は少し鼓動が早くなっていた。
「なぁ、目閉じて?」
「なに?」
「いいから。開けてたら面白くなくなるだろ」
「面白くない……?じゃあ開けていい時になったら教えて」
「了解。ちょっと待ってろよ」
目を閉じるとパタパタ、カチカチと何やらせわしなく動いているらしい音が聞こえていた。
そして最後のカチリという音を最後に再び彼の声が聞こえてきた。
「もう目開けていいぞ」
「うわっ!何これ……凄い」
目を開けてみれば薄暗くなった温室の中は沢山の色とりどりな豆電気で飾られていた。
星?
星の海?
季節外れの天の川?
「ちょっと凄いだろ?これやるの結構苦労したんだぞ。でもお前はこういうの好きだって前に雑誌見ながら言ってたの思い出して作ってみたんだ」
嬉しい。
ちょっと涙が出てしまいそう。
お世辞とかそんなんじゃなくて、本当に心から嬉しかったからやっぱり涙が出た。
「ぇ……泣いてんのか?どうした?」
「うん、だって……嬉しいんだもん」
「馬鹿……だからって泣く事ないだろ」
どことなくニヤつく彼に自分はまともに正面を向く事が出来なかった。
「こっち向いて」
顔ごと目を反らしていた自分の事を彼が呼ぶと、反射で彼の方を向いてしまう。真正面で向き合った彼はにこりと笑って自分を抱き締めると、頬へ唇へとキスをした。
二人だけのお茶会は、彼の魔法の力で星も降らせてくれた。
(あ……雪かな?)
午後から灰色になっていた空からは霰か雪か分からない物が沢山降ってきていた。
あれから何年経過したのだろうか。
教会のクリスマスミサに、何でもない顔をして行けれる位には大人になったつもりだし、あの頃は甘えっぱなしの子供だったが少しは彼を支えられるようにと気を使う事も出来る。
クリスマスに天の川を見せてくれた彼は、あの頃より背も伸び、少しだけ笑顔が柔らかくなった。
繋がれっぱなしだった手も今は自分が先に手を繋ぐ。
次は本当の星を見せてくれないかなと期待しつつ。