冬の金魚
イナエ

陽の当たらない玄関の
下駄箱の上に置かれたガラスの水槽
その中に金魚が一匹 

夏の宵
太鼓の音や提灯に囲まれた広場の
入り口で掬い取られて 
運ばれてきた

  たくさんの兄弟と泳ぎ回った池からは
  形の良い兄や妹はすでに連れ去られ
  
  落ちこぼれたぼくらは
  春の陽や水上深くを流れる綿雲に群れて遊び
  初夏 たまに訪れるボウフラを取り合って
  楽しい日々が続くと思っていたけれど

大きな網に捕らえられ暗い狭い箱で揺られていた
酸素の少ない水から口を出し空気を食べて
たどり着いた浅い水槽の中

針がねの輪っぱに張られた紙に追われ
泳ぎ回る群れから離され
一度は破って逃げたけれど
気がつけば 宙に浮かんでいた

浴衣姿の少年の巨大な目に
見つめられて
袋の中には五匹ほど仲間がいたが

優しかった少年よ
明るく可愛い水槽に循環する水
底から上がる新鮮な泡
豊富なもミジンコ金魚藻さえ生えていた


お互いどこか不細工な鰭を持ち
垂れた尾はいびつであっても
狭い世界で始まったぼくらの青春
金魚藻に愛の記録を付けたけれど

  あの少年はどこに行ったか
  届かぬミジンコに
  励まし合って生きてきた友情は
  空腹に喰われて
  おっとりと泳ぐ優しい金魚の尻尾をかじり
  「愛の卵を守って」と言い置いて
  死んでいった恋魚の鰭をしゃぶり

  金魚藻の愛の粒さへ
  一つ喰い 二つ喰い
  ひとり生き残った金魚

冬の陽の光りの届かぬ玄関で
薄暗い闇を喰い
遠く霞む想い出を喰い
やがて・・・  
       


自由詩 冬の金魚 Copyright イナエ 2014-12-15 22:33:03
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