背中の上の最終楽章
keigo


厳かな儀式でもはじまるのか
水を打ったような静けさだ

正面に目を向けると
沈黙を制した魔術師然とした
真っ黒な燕尾服を纏った男が
両肩をいからせる
雄弁なその背中から
鬼のような形相を想像してしまう
他方で
繊細そうな指先には
何か細い針のようなものが
つままれている

次の瞬間
少年は忘れ難い洗礼をうけた
鼓膜を震わせ全身を震わせ
ついには胸の奥から腹に伝わり
五臓六腑へと染み渡る
大音響の波に呑まれたのだ

臆さなければ至上の快楽
100ディシベルの優しさに身を委ねるのです
何も要りません
あなたはこの時
世界の中心となり
同時に言葉を持たぬ
容器となるのです

間断なく続くフォルティシモ
余計な雑念は吹っ飛ばし
少年は獰猛なライオンとなる

坂の多い町を駆け抜け
海辺へと辿り着くと
キラキラと光るピアニシモの上で
無邪気に水と戯れるガゼルとなる

やがて海の向こうへと旅立つ
渡り鳥となり
いつしか疲れた少年は
モデラートに抱かれ眠る


まどろみの中、僅かに上下する背中で
父に背負われていることを知る

その絶妙なリズムを
決して忘れない少年はきっと
優しい人になるのだろう


自由詩 背中の上の最終楽章 Copyright keigo 2014-12-09 18:29:09
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