時代錯誤
keigo
場末の酒場はもう流行らない
あるいは明日には無くなるかもしれない
明美は艶めかしく客に媚びつつも
そのむなしさを持て余す
今日は比較的客足がよくないようで少しは楽だ
悟がカウンター席の一番端の方に独りで座り
ツマミに迷い箸を向けている
場末の酒場はもう流行らない
あるいは明日には閉めるかもしれない
ーアケミさん、元気ないね
悟が視線を投げかける
どうしようかと思った
いつもハイボール一杯で長々と頑張る悟
不器用で
人の良さそうなところが
10年前に失った夫にどこか似ている
家の事情から営業畑で生計を立ててゆくことを決心したらしいが
どう考えても営業職は似合わない
場末の酒場はもう流行らない
あるいは明日には閉めようかと思う
ーサトルさんも元気ないわ
明美は悟の前では滅法弱い
死んだ主人と重なり合っていけない
そして突飛なことを言い出す予感が今日もあった
場末の酒場はもう流行らない
明日には閉めることにしよう
ーうん。トモコってこの前連れてきただろ?
付き合いは長いものの
悟の女性関係はみえない
あるいは明美がみようとしてないだけなのかもしれない
ー子供ができたみたいなんだ
ほらみたことか
今日は部屋で心ゆくまで泣こうと思う
期待しては裏切られる人生
だけど私の方から裏切ったことはないわ
それはちょうど、この店の宿命とも重なる
来るものは拒まず、去るものは追わず
くる日も
くる日も…
場末の酒場はもう流行らない
今日を限りに…
ー産みたいらしいけど相手が煮え切らないんだってさ
場末の酒場はもう流行らない
あるいは明日には無くなるかもしれない
私みたいな女ももう流行らない
擦れた女でありながら
見えないドジばかり踏んで
早とちりで
不器用で
そして本当はバカみたいに少女趣味で
ーそう。
とりあえず明日も、店を開けようと思う。