帰宅
やまうちあつし
紳士が帰宅した
トレンチコートの内側に
あらゆる苦悩を抱えた顔して
ただいまも言わず
リビングに突っ伏して
苦悶に入る
うめき声すら上げそうな
夫の姿を
妻は横目で眺め
そういうことってあるわねと
静かに微笑み食事の支度
やがてばりばり裂け始める
トレンチコートの背中
現れた蝶の羽
風もないのにひらひらはためく
これでようやく報われたのかと
男の顔もいくらか緩む
七色にきらめいて
部屋いっぱいに揺れる羽
ソファーに座った娘らが
遂に口を開く
「おとーたん、
てれびみえない」