秋の歌
ハァモニィベル

 何気なく剥くと、秋が出てくる。暗い場所に捨てられた石のように抱き合ったまま微睡むアリバイの無い〈真実と私〉が、突然光を浴びた性器の様に、居たたまれぬほど高鳴ったまま眠っている。

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 画家のO君から手紙が来て、ぼくの正面に窓があった。描かれた秋のノオトは方程式の落ち着き。汗臭い人間たちが寄り添って来る無関係な午後の流れは、波を畝らせ、船をいっこうに辿り着かせぬままに。路上で、たった今轢死した猫が、立ち上がり鮮やかに駆け抜けるのを、佇んで観測しているそのぼくの…正面に、窓があった。

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 Sが堕ちて降るのを、眼の前でKは見た。深々とした空間は下に長い。続々と生れ落ち、底へ底へ埋められてゆく……、垂れ堕ちた夢の一切が四歳の孤児の手のように夥しく芽吹いて、流れてきたオフィーリアの白骨に乳房を彫り上げる。咥えた乳首からアリアドネの糸を吸出そうとして。

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 エアロ・バイクの上に跨がって駆け抜ける日々が、いつも曖昧であやふやなまま過ぎてゆく。脱け殻になった記号が置き去りにされた景色は、ほどよく暖房の効いた場所に寝そべったまま、じっと、バスが来るのを待っていた。風に吹かれもせずに。/ある日、雨の降りしきる深夜、そっと抜け出して、濡れたアスファルトを踏みしめ置き去りにした景色は、もうドア・ポストを開けても二度と目にすることは無いけれど、ふと思い出すのだ。あの時のように、風に吹かれたときに。

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 ひどい雨の中、つめたく青ざめた顔が、路地の片隅で、歩き疲れて飢えた心と、ぼんやりと一緒に過ごしていた。窓の傍では、白い月がいつも流し目でこっちを見る癖に絶対、眼を合わそうとはしなかった。「ああ、そうだな」、もうずいぶん前になる。本を速くしか読めなかった男が自殺したのは。埋葬は、至ってシンプルなものさ。その時、彼女を二列目の席に座らせたのは、テクストを一行ずつ正確に読む、おそろしく几帳面男だった。知ってるだろ?ああ、そうだ。長く生きたけれど、結局、愛読書を全巻通読しないままこの世を去ったよ。ほんの一瞬、幾重にも光景は過ったろうな。心も顔も別居していたんだ。自我というシュークリームの中で。





自由詩 秋の歌 Copyright ハァモニィベル 2014-10-31 23:47:40
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