夜明け前
nemaru

男同士のDVについて
検索したが
そんな相談に乗る場所はなかった
名前がないので
場所がない
場所がないと集まらない
集まらないと相談に乗れない
乗れないと白ける
白けると責められる
責められると謝るしかない
謝るしかないと踏んだ彼に
王将の便所で踏んづけられながら
涙は
便所の床とくっついていた
ぼやけた前歯があった
前歯は便所の床に落ちていた
ぼやけた眼鏡があった
眼鏡は便所の床に落ちていた
ぼやけた眼鏡のレンズがあった
眼鏡のレンズは眼鏡からとれて便所の床をよく滑った
両耳は水中にいるような音を聞いていた
何かを炒める音が少し混じっていた
舌は血をなめて味わっていた
なめ回すと歯に挟まっていたネギに当たった
ネギを気にしながら
ひんやりした便所の床を頬で味わっていた
こういう機会はめったにないだろうと考えた
彼の手が眼鏡のレンズを拾い上げた
便所の水が流れる音がした
彼の靴は耳ともみ上げとこめかみの上でひねられた
もみ上げはジリジリと鳴った
彼の身体はその勢いで便所を飛び出していった
耳は摩擦熱を持っていた
頭の骨は六十キロの重さを耐えた
開いた便所のドアから
客が見えた
便所の床に転がっていた身体を起こして
ドアを閉めた
レンズのないメガネをジーンズのポケットにしまった
前歯はジーンズの後ろポケットにしまったが
取り出して
便所に投げた
水の底に沈んだ前歯があった
水を流した
涙の跡をシャツの袖で拭った
鏡はその姿を映した
便所を出て時計を見た
頭は電車の時間を計算した
席に戻り
夜勤があるので
と言うとあっさり解放された
身体は木屋町を歩き
電車に乗った
零時から始まる夜勤には間に合った
衛生的にサンドイッチを作る手伝いをした
作業は滞りなく進んだ
夜勤が開けると
電車に乗った
そして彼と同じ職場で働いた
その日も
電車に乗った
夜勤が開けると
電車に乗った
そして彼と同じ職場で働いた
その日の仕事帰りに夜勤の給料をもらいに行って
安い眼鏡を買った
残りを彼に渡すとまた王将に向かっていった
酒を飲むと眠気に襲われて
彼の話を聞き逃した
また便所に引っ張られた
踏んづけられながら
こういう機会はめったにないだろうと考えたことを
懐かしく思った
眼鏡は飛ばなかったので
便所の床はきれいに見えた
涙は流れなかったので
便所の床にくっつかなかった
少しずつ
運命は変わっていくのだなと思った


自由詩 夜明け前 Copyright nemaru 2014-09-07 19:01:59
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