「バスにて」
宇野康平

窓にかげろうがいた。

触覚を揺らして男を見ていた。

余命が短い男は振動に揺れながら

弱った細胞が虫に同情して泣けと責めた。

あの、かげろうも泣くだろうか、

親が泣くだろうか。

友が泣くだろうか。

妻が泣くだろうか。

子が泣くだろうか。

世間は泣くだろうか。

世界は泣くだろうか。



かげろうは死にそうな声で

死ぬだけだ

と言った。


自由詩 「バスにて」 Copyright 宇野康平 2014-09-06 19:13:15
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