花たち
青土よし

6月17日は17時から酒を飲んでいた。東京は梅雨入りしたばかりで、湿気が不慣れな手つきで渋谷の街を撫でていた。金が無かった。ファミレスの白ワインはばかみたいに安かった。ばかだから無遠慮に下品に低俗に、体中をかけずり回った。しなびたホウレン草のソテーは胃の中でゴミクズ同然のにおいを放った。冷房の真下の席だったので強い冷気が直接当たった。熱がうばわれていった。肩から指先から、わたしの熱がうばわれていった。アルコールで感覚が麻痺して何も感じなかった。右どなりに座っている30歳くらいの男は祈るように合わせた手の上に顎を載せ、何も注文せずに入口のほうをじっと見ていた。わたしは特筆すべきことが無い日々とこの店のただ中で、必死に頼るべき悲しみをひねり出そうとした。今日こそはあの男を愛せたらよいと思った。愛せたらよかったのに、とも思った。


自由詩 花たち Copyright 青土よし 2014-08-25 22:32:11
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