かたい本
天地無用


“おかたい本は本店へお願いします”

学生アルバイトらしき若い男が
わざわざ立ち上がりそう言って
ナイロンの大型ボストンバックへ
ゆうに二十近くはあっただろう
書籍を詰め込みなおしてくれた

うなぎの寝床とまではいかない
狭苦しい店内の奥に木製台が一台
普段は初老の婦人が応対していた
天井まで聳え立つように置かれた
埃臭い棚が壁沿いに広がっていた

自転車で15分の国道沿いにある
教えられた店で値踏みを依頼した
いくらだったかは覚えていない
たしか22の春に所有する全てを
人生で初めて売りさばいたのだ

かたいと呼ぶなど知らなかった
男から言われて察しがついたが
数ヶ月後に聳え立つ埃臭い棚から
手にしたのは所々に紙魚の泳ぐ
函付きのちょっとピンぼけだった

コンビニエンスストアが立ち並び
周辺が賑わいを増し始めて数年
本店だけが残され世から消えた


 

  *「ちょっとピンぼけ」ロバート・キャパ



自由詩 かたい本 Copyright 天地無用 2014-08-20 04:22:06
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