さそり座と蠍のことども
Giton

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さそりって食用の虫だって知ってました?
中国では、蠍を養殖しています。

ペキンで食べたフルコースのデザートは蠍の唐揚げ。意外に美味でした。イナゴよりはよほど旨いです。。。 ただし、毒針は取って食べました。中国人の招待主のお話では、熱をかければ毒はなくなるとのことでしたが‥

漢方では、毒のある鋏と尾を含む全体を塩茹でにして乾燥させたものを「全蝎」といい、卒中、神経麻痺・痙攣の薬にするそうです。


ご存知、蠍座は夏の星座。冬の星座オリオンと同時に夜空に出ることはありません。

「ヒュギーヌス※の伝えるところでは、巨人オーリーオーンは、海の神ポセイドーンの子で、優れた猟師だったが、『この世に自分が倒せない獲物はいない』と言って驕ったため、地中から現れたさそりに、毒針で刺し殺された。さそりは、オリオンの傲慢に怒った女神ヘラ(ガイア、またはレトとも)が差し向けたという。

この功を讃えられ、さそりは天に昇り星座になった。一方、殺されたオリオンを憐れんだ女神アルテミスは、ゼウスに頼み、オリオンも天に上がり星座となった。

ゲルマニクス※は、オリオン座は冬の間、空高いところで威張っているが、さそり座が東の空から上るとこそこそと西の空に沈む、としている。オリオンはさそりを恐れ、東の空からさそり座が現れると、オリオン座は西の地平線に逃げ隠れ、さそり座が西の地平線に沈むと、オリオン座は安心して東の空へ昇ってくる。」(Wikipedia 一部改)

※ Gaius Iulius Hyginus (ca.-64 -- 17) 古代ローマ時代の詩人。地形学、伝記、詩論、農業・養蜂など著作は多岐にわたるが、すべて失われている。ヒュギーヌスの名で伝わる『神話集』『天文詩』があるが、これらは直筆ではなく、学生が講義を筆記したものとの説が有力。

※ Gaius Germanicus Julius Caesar, または Nero Claudius Germanicus (-15 -- 19)は、古代ローマ帝国の軍人。ゲルマニアおよび小アジアで戦う。暴君とされるカリグラ帝は彼の子。


中国神話では、オリオン座は「しん」、さそり座は「商」と呼ばれます。

「オリオン座(参)とさそり座(商)が天球上でほぼ反対側に位置して同時には上らないことから、不仲や疎遠な人間関係を指して『参商の如し』※という言葉がある。」(Wikipedia)

※ しかし、唐代の杜甫の漢詩『衛八処士に贈る』に「人生相い見ざる ややもすれば参と商との如し 今夕復た何れの夕か 共に此れ燭光をともす」とあることから、「参商の如し」のもともとの意味は、親しい人と遠くはなれて会えないでいる例えだったと考えられます。

ただし、さそり座(商宿)は、中国では「青龍」を表します。赤い主星アンタレスを龍の心臓に見立てています。


日本でも、さそり座、あるいは、さそり座の主星アンタレスは、地方ごと、さまざまな方言で呼ばれます:

アカボシ(長野・静岡)、南ノアカボシ(群馬)、酒酔い星(大分・山口)、サケカイボシ・サケウリボシ(大分)
ホウネンボシ(佐賀市・香川)、粟いないさん(長崎)、ムギボシ(瀬戸内)
籠かつぎ星(島根)、カゴカタギボシ(奥多摩)、カゴカタギ(山口)、オカゴボシ(静岡)、カゴカツギボシ(茨城)
ヨメイリボシ(茨城)、カゴニナイ(愛媛)、アキンドボシ(愛媛・広島・高知・山口・静岡・千葉)
ショウバイボシ(愛媛)、樽担ぎ星(島根)、荷担ぎ星(静岡)、天秤棒星(広島・静岡)
棒手星(静岡・千葉)、オーコ星(岡山・大分)、オーコブシ(奄美大島)、オヤカツギボシ(静岡)、オヤニナイボシ(愛知)
粟荷い星(熊本)、稲荷星(イネイナイボシ)(熊本)、アワニャ(福岡)、コメニャ(福岡)、アワイナイ(福岡)
サバウリボシ(愛媛)、サバウリサマ・ソバウリサマ(岡山)、サバウリ(徳島)、カバカタギ(岡山)、ボニサバウリノホッサン、塩売り星(?)、キョウダイボシ(天草)
スモトリボシ(静岡)、脚布奪い星(キャフバイボシ)(愛媛:天の川で行水した二人の女神が一枚の下着を奪い合う伝承より)、フンドシバイボシ(高松市)、追っかけ星・麦たたき(広島)
兄弟星(オトデーボシ)(岡山:鬼婆に追われて木に登った兄弟の伝承より)、兄弟星(オトドイボシ)(瀬戸内・香川・岡山)、兄弟星(キョウダイボシ)(奈良)、女夫星(ミョートボシ)(静岡)、五郎十郎(静岡)、カラウス(岡山:唐臼の意)、コメツキ・ムギツキ(岡山)

じつに夥しい異名があります。夏の南空にかかる“赤い目玉の星群”の神秘さから、昔の人は、さまざまなイマジネーションをもったことが分かります。

いずれにしても、地上でも天空でも、蠍は、なにか恐ろしいイメージ、あるいは性的なイメージに結び付けられることが多いようです。
西洋占星術では、さそり座は生殖器と結び付けられ、なにかと奥深い暗いイメージですが、じっさいに さそり座生まれの人は、むしろ明るくて芯の強い人が多いように思います。ただ、“性行為がタフ”というのは、ほんとうかもしれませんw

古代エジプト神話では、蠍の姿をしたセルケトは、豊穣の女神。有毒生物から人間を守り、また、天空・太陽神ホルスが大人になるまで守護する役割を与えられています。

上に挙げた日本各地の伝説でも、赤いアンタレスを酔っぱらいに見立てたり、さそり座の各部分も、稲や粟束を担なう人、天秤棒をかつぐ鯖売りの行商人、兄弟、めおと、下着を奪い合う2人の全裸の女神などと、ずいぶんおおらかですね。。。

ギリシャ神話とは風土の違いを感じさせます。

北アジアには、「さそり妃」という王妃の伝説があります。

『蒙古源流』※によれば、さそり妃は、黄河上流にあった西夏国の王妃。チンギス・ハンは、中国征服の準備として、まず西夏を滅ぼし、西夏王シドルグを殺害します。

シドルグの妃であった さそり妃は、「光り輝いていて、そのため夜も灯火を必要としない」とまでいわれた絶世の美女でした。女好きのチンギス汗は、さそり妃は生かして自分の妾のひとりにと食指を伸ばします。

しかし、「チンギス汗に召されたら、その時こそ、彼を刺して夫シドルグの仇を討とう」と心に決めていた さそり妃は、ねやの天幕でチンギス汗を刺して重傷を負わせ、自身はハラムレン河(ロシアではアムール川と呼ばれ、中国では黒竜江と呼ばれる大河)に身を投げて死んだと言います。

チンギス・ハンは、中国征服戦の途上で死亡したのですが、死因は歴史上の謎なのです。伝説によると、それは さそり妃に刺された傷がもとで死んだのだと言います。案外、この伝説は史実なのかもしれません。。。

※ 『蒙古源流』は、チンギス・ハンの子孫サガン・セチェン・ホンタイジが1662年に著したモンゴルの年代記。


日本の作家で さそり座を扱った例としては、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が有名です:

「むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどとうとういたちに押さえられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたというの、

 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸いのために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」

つまり、蠍の悔悟と自己犠牲の祈りが、その身体を燃やし、天空の さそり座になって夜の闇を照らすようになったというのですね。

ここには仏教説話の影響が濃厚ですが、
どこまでも人間中心主義のギリシャ神話などと違って、蠍という虫自身を、意思のある主人公に据えている点、また、単なる“毒虫”でない情にあふれた生き物としてとらえている点は、やはり日本の風土で生まれた作品という気がします。


なお、あまり知られていないのですが、蠍は、海蛍や夜光虫などと同じように※、全身から蛍光を出します。
サソリに暗闇で紫外線を当てると、どの種も、神秘的な緑色に光るのです。。。

※ 正確に言うと、蠍は蛍光、ウミホタルとヤコウチュウは化学発光です。
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散文(批評随筆小説等) さそり座と蠍のことども Copyright Giton 2014-08-19 04:10:16
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