彼の世界
Giton

その場所では、指令は天から真直ぐに落ちて来る。雨粒のように垂直に人を貫き、頭のてっぺんから脚の爪先まで感電させ、人のすべての行動を支配する、心も身体もだ。
指令を与えられるたび、人は従順になって働き、無慈悲になって哄笑し、情け深くなって介護する:
「王様の新しいご命令‥」

その場所では、列車の通り過ぎる音が指令を伝える。遥かな首都から放射状に延びる二本ひと組のレールはこの国の大動脈だ。列車の音が伝える言葉はかすかで、誰も聴き取ることができない。それでいて、その音は心の揺れを身体の動きさえも支配する。というのは、その律動は規則的で、毎日定められた時刻に定められた方向に伝えられるからだ。
列車の通り過ぎる音がすべてを支配するこの場所では、人々の謂れ無き誹謗はもちろん、騒擾さえもが指令に従順だ。

その場所では、人はルソーの描いた起源の人のようにふるまう。空いた土地があれば柵を建てて囲い、名札を立てて胸を張る:
「この土地は俺のものだ」と。

その場所には、指令を伝える洋服姿の兵隊たち、教師たち、伝えられる商主と小作人たちのほかに、指令の圏外を装う狡賢い僧侶たちがいる。
かれらはかつて、落雷の集中砲火を浴びて絶滅されそうになった経験を持つ。かれらは根絶やしにされるかわりに、砲火を遣り過ごし、狡猾に生き延びる途を学んだのだった。
僧侶は従順を教え、あたかも指令を翼賛するかのようにふるまい、一片の土地さえ囲い込まないふりをしながら私腹を肥やした。
かれらの神は、遥かな楼閣の高窓に、見えないほど小さな人の姿をして現れ、両腕を差し伸べる形を現し、黄色く輝き、そして消えてしまう。それが、かれらの神が行なう奇蹟の全てだ。

その場所を通り過ぎてゆく異邦の楽隊。色あせた旗幟をなびかせ、葦笛を吹き、聞きなれぬ拍子の鼓を響かせる。
渓筋に沿って消えてゆくその異形の列だけが、この場所から脱出させてくれるかもしれないか細い唯一の導きと思われたのだった。


自由詩 彼の世界 Copyright Giton 2014-08-03 20:16:04
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