魔女が飛べなくなったのは
DAICHI

にしんのパイって知ってる?
青い屋根の家のおばあちゃんが作ってくれる……
そうそう、それ。
魔女が運送業に従事する世界で、
世にもかわいいバスケットに入れて運ばれてた、
魚の形に膨らんだキツネ色の食べ物です。

おれあれ最初はなんなのかサッパリわからなくてさ。
パイって言ったらリンゴじゃん。フルーツじゃん。
あとクリーム? チーズもあるよね。
なのににしん? さかな?
子供心にむわー、っと広がるわけよ、
魚のちなまぐさぁいフレーバーと、
大好きなアップルパイを、
単純に足し算(掛け算?)したこの世ならざる食べ物のイメージが口の中にさ。
そりゃ孫も怒るって。
おばあちゃん大丈夫なの?
ほんとはお孫さん嫌いなんじゃないの?
それが証拠にでかいリボンの魔女っ娘には、にしんのパイなんて振る舞わなかったもんね。
あるいは、ほんとはにしんのパイはにしんのパイじゃなくて。
にしんの形をしたパイなのかも、と思ったりもした。
中身は多分くりとかさつまいもとか、そういうので。
うなぎパイ的なね。じゃあなんで名付けたんだっていう。
それなら納得できるな、うん。嫌がるお孫さんの方が間違ってるよな、うん。
と、
ふわっとした感想でもっておれのにしんのパイ論争は幕を閉じたんだけど。

あるんだぜ、あれ。
ちゃんと魚を使ったやつで、
こう、にしんを酢漬けにしてさ。
ほんとは「かぼちゃとにしんのパイ」なのな。
エリンギとかも入ってて、
言うまでもなく甘くないの。
シチューの包み焼きって食べたことある?
塩辛いパイ生地も、ありなんだよな。

そんなことが分かってしまうくらいには、
大人になったっていうのに。

頽れて、泣き喚いて、真っ白な部屋。
甲高い音。
ガラスの向こう。
寝息を立てるきみ。

命を運ぶチューブを握る。


自由詩 魔女が飛べなくなったのは Copyright DAICHI 2014-07-15 21:57:30
notebook Home 戻る